第13話 横浜みなとみらい
冴子は窓の外を見る。今は正午、少年は学校にいる。だれもいない窓を見る。
「君の出番案外早いかもよ」少年の部屋の窓に向かい心のサインを送った。
次と思っていたサッカー部の少年はしばらくあの少女に預けておこう。
チャンスは必ず来る。待つのも悪くはない。順番が入れ替わるだけだ。
B3-405が空になることはなくなった。白いメルセデスがいた。
B3-204は毎日空になった。シルバーのメルセデスは翔馬と五反田の彼女を乗せ今日も快調に走る。街道沿いのホテルに向かう。ホテルの一室で愛の確認をした。
不思議な部屋である。ベッドの横にカーテンがある。窓のない部屋なのにこのカーテンは何をするものなのだろう。彼女はカーテンを開けてみた。するとバスルームの中が見えた。マジックミラーのようである。彼女がバスルームにいる時は気がつかなかった。なるほどここから愛する人の姿を確認しながら待つということか。翔馬は私を見ていたのかしら?
今日の戦いは全て終了している。翔馬はネクタイを締め仕事に戻る。マジックミラーの利用方法は次に來た時に考えよう。その他にも翔馬に気付かれないように部屋の各所を写真に撮った。
次の日もホテルの部屋にいた。今日のホテルはバスルームのライオンの口からお湯が流れ出ている。彼女は写真に撮った。
敦也のBMWのワイパーに何かが挟んである。路上に駐車した車に戻るとコマーシャルのチラシが挟まれている事がある。だがここはマンションの地下駐車場である。
小さな茶封筒であった。敦也は運転席に座り封筒を開いてみた。どこかの室内を写した写真であった。室内装飾業者の宣伝なのかと疑問を抱きつつ10枚の写真をすべてみた。
家庭の部屋とは思えないものばかりであった。上品とは言えないラブホテルの室内のようである。誰かのいたずらかと思いサンバイザーに挟んだ。
翌日も同じように写真が敦也のBMWのワイパーに挟まれていた。
そしてその翌日も。それぞれ違うホテルの部屋のようである。
いたずらにも程がある。敦也は腹立たしさを抑えつつ10枚の写真をみた。
その中の1枚に敦也は見覚えがあった。
ライオンの口からお湯が流れ出るバスルームの写真であった。
これは? 冴子と入ったあのホテルではないか。
誰が。なんの目的で?敦也は考えた。あの部屋のどこかにカメラが装着されていて、隠し撮りをされていたのではないか。
だが、冴子とホテルに行ったのは一度だけだ。この3日間に敦也のBMWに置かれていた写真の部屋の様子は、それぞれ別の場所で撮られている。自分と冴子を狙ったのではない。なら、なぜこの写真を。誰が?
☆☆☆
翔馬は新しく開設された横浜営業所の所長に就任した。20歳代の所長は翔馬が初めてである。五反田の彼女とは少し遠くなるが、女のドライブにはちょうどいい距離である。だが所長としての立場上、毎日彼女と逢うことはできない。
毎週日曜日の正午に、浜みなとみらいのホテルで逢うことになった。
ホテルから見る景色はあの横浜を紹介する記事には必ず登場する、船の帆の形のビルと観覧車が窓から見えた。
翔馬としては十分に彼女を利用した。これ以上関係を続ける意味は薄れていた。
徐々にあう回数を減らしていこう。翔馬は彼女と別れられるチャンスを得た。
敦也と冴子のマンションに翔馬から横浜営業所開設と所長就任の挨拶の書が届いた。
しばらく無かった写真の置物が敦也のBMWのワイパーにあった。
10枚の写真はそれまでのラブホテルとは違う。
都市ホテルの上品な様子が写っている。窓から見る外の光景もあった。
一目で分かるあの横浜みなとみらいの景色であった。
敦也はこれらの写真を並べてみると、あるストーリーが出来上がる事に気がついた。
創作した敦也自身が恐ろしくなるような信じられないストーリーを。
ライオンの口のラブホテル。次には違うラブホテル。また違うラブホテル。
そして横浜みなとみらいの都市ホテル。
あのとき冴子は躊躇せずラブホテルの地下駐車場に入った。すでに知っていたかのように迷わずに。ひょっとして、あのホテルは冴子の行きつけではなかったのか。
では誰と。雨宮というあのメルセデスのセールスマン以外にいない。
ライオンのラブホテル。横浜営業所所長。横浜みなとみらい。三つの点が繋がった。
あいつは俺に「俺は冴子をモノにした」と言いたかったのだ。
これは俺への挑戦状に違いない。
敦也は自分の創作したストーリーに自信を持てば持つほどに信じられなくなり、
恐ろしいストーリーを組み立てた自分を責めながら脚は震え、拳を握りしめていた。
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