第12話 それぞれの心に吹く風
俊介と杏里は初めて室外でデートをすることになった。初めて学校で会ってラインの交換をしてからから二か月が過ぎた。それ以来二人が会うのはいつも俊介の部屋であった。
今日は日曜日、家には父と母がいる。今日は杏里と会っても何もできない。
だが、俊介は嬉しくてたまらない。自分たちの姿を誰かに見せたかった。
ただセックスをするだけの関係ではない、恋人どうしなのだと周りに認めさせたかった。
ショッピングモールの中央広場で待ち合わせをした。ピアノの演奏があり大勢の人たちが聞いている。ここを待ち合わせの場所に決めたのは正解だと思った。たくさんの人たちの前で手をつなぎ、ショッピングモールの長い通路を歩く。それだけで俊介の目的は達成される。
杏里がやってきた。だがいつもと様子が少し違う。化粧も薄く、長いスカートを履いている。髪の色まで違う。黒い髪になっている。
俊介は驚いたがまずは会えたことがうれしい。
ぶらぶらと歩いた。杏里は手をつないでくれなかった。楽器店の前に試演できる電子ピアノがあった。杏里は指1本だけで曲を演奏した。俊介には曲名は分からない。
もの悲しげな感じがする。
「なんて曲?」「別れの曲、ショパン」俊介は曲名もショパンも知らないが杏里の言った別れのことばだけでなぜか一瞬ではあったが寂しさを感じた。
屋上に上がって街の景色を二人で眺めた。遠くに富士山が見える。手前には街の景色がある。たくさんの家があり、俊介のマンションも見えた。あのマンションでわずか3日前に杏里と会った時はこんな気持ちではなかった。楽しい2時間を過ごした。俊介が苦労してこのショッピングモールで買った避妊具も使った。
「隼人を知ってるでしょ」隼人とは誰のことなのか俊介には分からない。
「俊介と同じマンションの7階の部屋」
「7階?」7階とは自分と同じだが誰が住んでいるか考えた事はなかった。
「私隼人と付き合ってるの」
俊介は衝撃を受けた。ついさっきまでのあのウキウキした気分はすっかり消えていた。
「ボクが嫌いになったの?」
「俊介のことは好きよ、だけど隼人はもっと好きなの」
杏里はいった後、俊介にキスをした。軽いキスだった。初めて俊介の部屋で杏里が教えてくれたあの熱いキスではなかった。分かれのキスの味がした。
冴子は今日もあの高校のグランドに向かった。だが今日は少し離れた場所に車を停めた。あえて少年の目から見えないところから眺めた。少年の心も分からぬままにプレゼントを贈ってしまった。彼は返事に困っているのかも知れない。今日はそっとしておこう。だが彼の姿は見たい。
彼は走る、汗でシャツは濡れている。先輩の世話をする。いつの通りの練習風景である。練習は終わった。熱い視線を送っていた少女たちも一人二人と帰り始めた。
いつもならこのあと冴子が少年にペットボトルを投げ入れる儀式があったが今日はできない。だが今日はいつまでも見つめている少女が一人いる。
少年がやって来る。二人は話をしている。真剣な顔をして。声は聞こえないが二人の関係は想像できた。
少年が自分に返事ができないのは、あの子がいるからなのだ分かった。
少年と少女の二人はネット越しに指を絡めあい、いつまでも話をしている。
ふたりはネット越しにキスを交わした。
少年は走って校舎に向かった。少女はいつまでも少年の後ろ姿を見つめていた。
最近は五反田の彼女のマンションに翔馬が訪れることがなくなっていた。
翔馬はあの地下駐車場で彼女とキスをしているのを冴子と敦也に見られたのを最後に彼女と逢う時はホテルを利用するようになっていた。
それもわずか数回。彼女は思った、上の階の女の駐車場はいつも空だ、誰と会っているのだろう。翔馬では?あの時あの女がいった「雨宮さんも調子よさそうね」は翔馬にたいしていった皮肉なのではないか。
翔馬は五反田の彼女から有力な顧客を紹介され業績をあげていた。社内ではトップを走っている。それに伴い彼女とホテルに行く時間がとれなくなっていた。
しばらくは我慢しよう。
冴子と敦也はいつも通りの愛の行為を終了した。敦也に対して不満は何もない。
今夜も優しく熱かった。なのに何故か一日の最後の儀式う行う気にならない。
冴子はブラインドの角度を下向きに変えた。
明かりを消した。少年の窓も点灯しなかった。
今夜の光通信は遮断されていた。
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