第7話 エールのペットボトル

 今日も冴子のメルセデスは快調に走る。今日はいつもの目的のない旅とは違う。

 あの高校のグランドに向けて走る。

 あの日以来冴子は、サッカー少年たちの練習風景をながめるのが日課になっていた。

 昨日もグランドには約30人ほどの生徒が練習をしていた。紅白に分かれて練習をしているのだろう。シャツは2色ある。青と赤、紅白というより赤青というべきか。

 というよりブルーレッドがいいのか。いやレッドブルーか。


 ブルーレッドなら何かにある。あれは確かトイレ用品だ。

 それならやっぱりレッドブルーか。

 勝手に一人冗談を楽しみながら、車はグランドに到着する。


 マンションのB3-405をあとにして30分。ドライブを楽しむには近すぎるが目的が違う。今日は飲み物も用意した。じっくりと少年たちの動きを楽しむ。

 生徒たちに熱い視線を送る女の子たちも今日は10人ほどいる


 今日も生徒たちはレッド&ブルーに分かれて練習に励んでいる。ボールがフェンス

 に向かってくる。生徒たちの顔がすぐ近くに見える。そのなかに他の生徒たちとは違う動きをしている生徒が一人見えた。彼は約50mの距離を往復するだけ。

 何回も、もう10往復はしている。


 休憩の時間がきた。生徒たちはボトルの飲み物をとる。10往復した彼が生徒に手渡している。練習が再開する。彼はボトルの整理をする。また50mを往復する。額の汗を拭きながら。シャツのブルーが汗で濃いミッドナイトブルーになっていた。

 彼はきっと入部したばかりの一年生なのだろう。部活で運動部を経験した事のない冴子にもそれは想像できた。


 長い練習が終わった。生徒たちが引き上げる。彼は最後まで残り、用具の整理をする。

 熱い視線で狙いの生徒たちを追っていた女の子たちも帰り、グランドは彼と彼を見つめる冴子だけになった。彼はもくもくと仕事を続ける。冴子が見ていることも彼は気がつかない。


 最後の仕事のネット周りの確認をするために、彼が冴子のすぐ近くまでやってきた。

 グランドの隅々まで確認する。これが新入部員の仕事なのだろう。輝いている彼の目を見れば部活を楽しんいるのが分かる。冴子は思い切って彼に向かって手を振った。彼は冴子に気がついた。しかしどう応えればいいのか分からない。冴子は左手に持った飲み物のボトルを指さした。「これいる?」彼も反応した顎の動きだけで。

「うん」

 冴子はボトルをフェンスの中に投げ入れた。冴子の思いを込めたボトルを彼がキャッチした。彼は少し照れながら、にっこりと笑顔を返した。

 彼がグランドを走り去るのを見ながら冴子も車を走らせる。


 冴子は夫、敦也の好きな唐揚げの準備をして敦也の帰宅を待つ。

 午後7時敦也が帰宅して今日のサッカーゲーム第二試合が始まる。


 サッカー少年たちの練習を見るだけだった冴子も、ここからは選手となる。

 食事が終わり、10時恒例のショーが始まる。先ずはエールの交換のキスで始る。冴子は今日も燃えた。少年のミッドナイトブルーに濡れたシャツが冴子の脳裏に焼き付いて離れない。目を閉じて敦也を少年と思い込むと、冴子の体はいっそう熱く  

 なる。敦也のシュートは続く。何度も何度も、繰り返し、ネットは激しく揺れる。


 敦也の耳にサポーターの歓声のように叫ぶ冴子の声が聞こえる。

 まだ終わらない、ロスタイムは15分。激しい攻防の末、

 敦也の動きが停まり、そのままの姿勢で数分間が過ぎた。

 しかし、PK戦が待っている。終わったあとは互いの健闘を称えるキスで終了となった。第二試合は長く激しかった。対戦チームのキャプテン敦也はもう眠っていた。

 今日の試合を最後までみてくれた、サポーターの少年の窓に向かって叫ぶ。

 声は出さずに。


「今日はどうだった?」「いい試合だったね」

 光通信のエールの交換もすみ、熱かった一日が終了した。




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