夜のモブ その6

 「すみませんが、お二人の身分証を拝見できますか?」

 「「っ!?」」

 明らかに二人の顔色が変わったのが分かった。これは黒だな。

 「最近、未成年飲酒の取り締まりが厳しくなってまして。皆さんにお願いしてます」

 ダメ押しの追撃。うちのスタンスとして聞いていると言えば、ゴネるならお帰り頂くと案内することができる。さあ、どう出る。

 「面倒な時代になったな、まったく」

 「もう、今の発言はオジサンでしかないよ。ほら、お兄さんも困ってるし早く見せてあげようよ」

 「仕方ねえな」

 「恐れ入ります」

 男はテーブルに置いてある財布から、女は傍らに置いていた容量の少なそうなブランド物のポシェットから各々身分証を出してきた。

 まさか出してくるとは。

 内心驚きながらも、年齢と顔写真を確認する。

 男は運転免許。年は……今年で33か。顔写真も間違いなく本人だ。

 女は学生証だ。桜桐女子大学。年は……先月が誕生日で20。この様子なら18からすでに飲んでただろうけど、とりあえずはオーケー。顔写真は――――。

 「あの、大変恐縮ですが、このお写真はご本人様のものでお間違いないですか?」

 聞かざるを得なかった。写真の人物は弧を描くような細い糸目でロングの黒髪。

対して目の前の女はぱっちりと開いた小動物的な瞳にショートボブの茶髪。

 姉妹と言っても無理がある別人にしか見えない。

 「あー、その写真撮ってから結構イジったんですよ」

 「いじ……った?」

 「整形です」

 思わず復唱してしまった言葉に被せるように告げられた。

 その線は頭になかった……。地雷を踏んでしまった。連れの男も一層表情を曇らせている。

 早くリカバリーしなければ…‥。

 二の句を継ごうと息を吸うも、喉に蓋でもされているように言葉が出てこない。

 まずい、このままでは――――

 「配慮が足りず、大変失礼をいたしました。お詫びと言っては何ですが、今のオーダーを私からのサービスにさせていただけませんか」

 僕の真後ろから聞こえてきたのは、マスターの声。助かった。

 「えー、そんな良いんですかぁ」

 「もちろんです。せっかくなのでスペシャルエディションでお作りしますね。お連れ様もご不快な思いをさせてしまい、申し訳ございません。先程の件は私ともども今後の勉強とさせていただきますので、ご容赦いただきたく」

 「……ああ。兄ちゃん良かったな。マスターのお陰でこのおっさんの怒鳴り声を聞かなくて済んだぞ」

 「はい。大変失礼いたしました」

 「少々お待ちくださいませ」

 なんとかマスターに場を収めてもらって、カウンターに戻る。

 「ごめんマスター」

 「お前は悪くない。まあよくもなかったけど」

 女はみんな魔性だからな――――。

 呆れたような、それでいてどこか懐かしむような顔をしてマスターはカウンター下の冷蔵庫を開けた。

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