夜のモブ その4

 ハンドサインは様々あるが、基本はジャスチャーを小さくしたものと考えてもらえばいい。例えば酔っ払いなら頭にネクタイを巻く仕草をしたりとか。

 仮に酔っ払いが来るとすれば先にお冷―――チェイサーを用意したり、先客が大事な話をしているようなら適当な理由を付けて入店を断ったりと先に動けるようにするためのものだ。

 バーは基本スタンスは来るもの拒まずではあるが、先客や自分達スタッフの安全のためトラブルの種になりそうなものは排除しなければならない。

 どちらかといえば、見てすぐにわかるトラブルの種はそこまで問題ではない。危なそうなら門前払いをしてしまえばいい。

 問題なのは――――ぱっと見は分からない、判断しにくいものだ。

 立て看板を見ている男女は初見ではカップルに見えた。しかし、年齢差が開きすぎているように見える。

 男は30代前半。カジュアルなジャケット姿でナチュラルだがしっかりセットされた髪。顔も悪くない。女は――――化粧が濃く服装もブランド物で定かではないが10代後半、いや下手をすれば高校生のようにも見える。

 一年ではあるが、このバイトでバーに来る人間の動きが少しは分かったつもりだ。

 ふらりと立ち寄る人間、ここを目的地としてやってきた人間、冷やかしの人間。それぞれ特有の動きがある。

 このカップル? は、片方が別の目的地へ向かう相方を無理やり引き留めて入店しようとしている動き。それも引き留めたのは女の方だ。

 ほとんどの場合男が駅へ向かう女を最後にもう一軒、と無理やり引き留めて入店してくるものだが、この二人はそうではないらしい。

 ともかく女が未成年の可能性があるとマスターにジェスチャーする。

 左の人差し指を右手でつまみ、右の小指を立てる。これで女が未成年の可能性があることの意。続いて、左手を開き人差し指を右手でつまむ。これで高校生の意。

 年齢は小指――未就学児、薬指――小学生、中指――中学生、人差し指――高校生、親指――大学生で分かれている。

 これは、未成年の可能性がある人間にアルコールを出さないようにするためのもの。悲しいことに未成年にアルコールを提供してしまうと、仮に本人が嘘をついていたとしても提供した店が悪くなってしまう。怪しいお客さんには例外なく年齢確認をしなければならないのだ。

 マスターは小さく頷き、二人の入店に備える。

 実に面倒だ。このまま引き返して欲しい。男が折れずに通り過ぎてくれと心の中で祈りを捧げる。

 からんからんっ。

 しかし、現実とは残酷なもので男は渋い顔をしながら笑顔の女に連れられて入店してきたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る