夜のモブ その3

 「最近休みは何やってるんだ」

 「……なにもしない、をやってるかな」

 「悲しい言葉遊びだな。それを華の高校生が言うかね」

 やれやれ――とわざとらしく首を振ってみせるマスター。

 それを言われては返す言葉もないが、事実なんだからしょうがない。

 「全国の高校生が皆何かの目標に向けて毎日を過ごしてるなんて幻想だよ」

 「それはそうだろうがな。俺はなにも意識高く毎日を過ごせって言ってるんじゃない。今しかない若さを存分に生かして遊び倒せって言ってるんだ」

 「若い時しかできない遊びってなによ?」

 「友達と誰かの家で夜通し遊ぶだの、好きな女の子と遠出してみるだのあるだろ」

 「どちらも僕には眩しすぎるね」

 「お前が闇に身を置きすぎてるだけだ。無理にでも外に出て光に慣れろ」

 「叔父さん、適材適所って言葉があってね」

 「たかだか十数年しか生きてない小僧が適材も適所も分かるわけないだろ。要は決めつけだよ。新しい道に踏み出してみろ。新しい自分に出会えるかもよ」

 「新しさなんていらないよ。欲しいのは安定と安心さ」

 「その歳で悟り過ぎだろ……」

 いつもの軽口でお客さんを待つ。

 叔父さんとは会話のテンポ感が合うというか、思ったことを脊髄反射で言っても丁度いい返しが来るのでノンストレスで会話が続けられる。血は同じか。

 こんなところで血のつながりを感じるのは、悲しいばかりだけど。

 ふと外を見ると、立て看板を眺める男女の姿があった。

 僕は右手を上げてマスターに合図する。そのまま両手を肩の高さまで上げそれぞれの人差し指を立てる。

 マスターは頷くとカウンター下からおしぼり受けを2枚出し、来客に備える。

 ハンドサインは初日に教えられた。

 右手が男、左手が女。ドア前にお客さんが来たらそれぞれの人数を指でマスターに伝える。

 外から来たお客さんにすぐにサービスのおしぼりを出せるようにとのこと。

 それともう一つ――――心構えをするためだ。

 

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