夜のモブ その2

 「おう、清おはよう」

 「おはよう叔父さん。今日は予約あるの?」

 グラスを磨きながら叔父さんは声を掛けてきた。

 「まだないな。ゆっくり着替えておいで」

 「はーい」

 まあ、予約があることの方が珍しいけど念のため確認しつつバックヤードの更衣室へと向かう。

 現時刻17時30分。出勤は18時だけど、バタバタするのも嫌だから余裕を持って来るようにしている。

 昨日は客だったけど、今日はスタッフ。

 バーのスタッフ――――まさに最高の脇役モブだとは思わないか。一晩のお客さんの思い出を演出する裏方で見届け人。最高のバイト先だ。

 実はこのフルール、昼は喫茶店、夜はバーとして営業している。

 正直叔父さんがいつ休んでいるのかわからない。

 昼・夜の営業切り替えの準備として17時から18時までの1時間が営業時間外になっているけど、見ての通り下準備の時間であって休んでる暇はない。

 ベーシックなワイシャツにベスト、スラックスの出で立ちに着替えると、ホールへ戻ってきた。

 「いつも通りでいい?」

 「いいよ。一通り終わったらおしえてくれるか」

 「おっけー」 

 叔父さんから指示を受けて、いつも通りバーカウンター脇に干されている台拭きとスプレーボトルを手に取った。

 アルコールスプレーを掛けながら丁寧にカウンターを拭き上げる。

 汚れはもちろん、傷や変色など小さな変化があればすぐに報告するように、叔父さんから口酸っぱく言われてきた。小さな心のゆるみがお客さんの心を害したり、大きなミスに繋がるという。

 アルバイトとはいえお金を貰っているのだから雇用主の言うことには従わなければ。むしろ、ちゃんとやっていれば無駄な事故が防げるというのだから、丁寧にやって損はない。

 アルバイト初日ににそれを言われたときは唖然とした。

 もちろん仕事、それも客商売なのだから中途半端ではいられないとは覚悟していたが、あれだけ親族で集まったときはちゃらんぽらんな言動をしていた叔父さんから、まっとうな指摘が飛んでくるとは夢にも思っていなかったからだ。

 それから1年経ったが、今は叔父さんの印象は真逆に近いものになっている。叔父さんは根はものすごく真面目なのだろう。

 カウンターを一通り拭き終えたら、他のテーブル席も同じように拭き上げる。

 それも終われば、バックヤードの製氷機から氷を取り出しアイスペールに詰めてカウンターの作業スペースに置く。

 最後にチェイサー用のピッチャーにも氷を入れて水を満タンにすれば、僕の開店前の仕事は終わりだ。

 「いつもの仕事は終わったよ」

 「サンキュー。表の札変えてくれるか? 立て看板もライトつけてくれ。あとは客が来るまでのんびりしようや」

 「あーい。了解です

 ドアを開けて表のCLOSEの札を裏返してOPENに。立て看板はライトをつけて後はいつもの定位置、ドア前と叔父さんの様子が両方見える横長の窓の隣に立つ。

 時計は見ていなかったが僕の腕時計はきっちり18時を指していた。

 

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