モブとはなんたるか その6

 ショートヘアのウルフカットに大きな瞳。

 150前半ぐらいに見える小柄な体躯。それをベーシックな白シャツと腰巻エプロンに包んでいる。

 曇った表情ながら愛嬌溢れる顔立ちをしており、小型犬のような印象を受ける。

 「客に『あんた』っていう店員が、いままでクビになっていない事実について甚だ疑問だ」

 「この世には、まだあんた如きが知らないことが山のようにあんのよ」

 「『如き』が追加された。会話を続けると俺を過小評価する修飾語が増え続けるシステムか」

 「所詮あんた如きにはこれくらいの対応で十分よ。入るなら早くしてよ」

 しっかり『所詮』を増やしつつ、彼女――――吉田 笑美よしだ えみに促され、いつもの角ボックス席へ腰を下ろした。

 店内には他の客の姿はなく、店の片隅にひっそりと佇むジュークボックスから流れるレトロでアメリカンなBGMが店内を満たしている。

 うん、実に心地良い。

 少しの特別感と落ち着いた雰囲気が共存するこの空気が、初めて入った日から僕を虜にした。

 「で? いつもの?」

 「「いつもの」」

 僕らが声を合わせて「いつもの」と頼んだのは、カフェオレの砂糖多めである。

 来店初日からこれ以外を頼んだことがない。最初に飲んで美味かったから飲み続けていたら、他の選択肢がなくなっていた。

 「はいよ」

 低く響くバリトンボイスでマスターが答えた。

 マスターの風体を一言で表せば、色男。

 顔が良くなければ許されないであろう顎辺りまで伸びる長髪をナチュラルなパーマでまとめ、右サイドの髪を耳に掛けたいかにもなヘアスタイル。

 それがまかり通るだけのルックスの良さ。なんとも妬ましい。

 それに伴ってか、所作の一つをとっても同性の僕でも惚れ惚れするような流麗さ。

 現にその姿に見とれているとカフェオレが僕らの目の前に現れた。

 「はい。長居するなら売り上げに貢献してね」

 テーブルまで運んでくれた吉田さんの釘刺し付きで。

 「分かってるよ。後でデザートも頼むから」

 「なら良かった。お客様としていてくれるならどうぞごゆっくり」

 大輝の返しに明らかに作られた――――というよりも作っているのを分からせるように見せる笑顔を顔に張り付けて吉田さんはカウンターへ戻っていった。

 「相変わらずひでーな」

 「これも恒例行事だろ」

 さっそく到着したカフェオレを二人で煽る。

 カップを置いた途端におもむろに大輝がスマホを弄りだす。

 数秒後、僕のスマホに着信が一件。

  『今日も笑美、可愛すぎるんだがw』


   

 

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