モブとはなんたるか その2
「覚えてたんですか。あんな些細な事」
そう、些細な事だ。
去年の秋、三枝先輩が言っていたのは文化祭の日のことだろう。
ステージの音響班としてマイクチェックを担当していた僕は、先輩の落とし物をたまたま見つけ、先輩用のマイクにそれを掛けておいたことがあった。
直接渡すのは忍びないし、忙しく動き回る先輩を見つけるのは一苦労だと思い、必ず目につくであろう場所に置いておけば、本人の手に渡るだろうという判断からだった。
「そうか、君にはあれが些細な事なのか。なら、益々君にしか頼めないな」
ニヤリ、と口角を上げる三枝先輩。いい獲物を見つけた狩人の顔だ。
いかん。このままでは押し切られかねない。僕は平穏にモブキャラとして生きたいんだ。
印象が悪くなろうとも、きっちり断らなければ。
「あれだけで執行部長に推薦されるなら、僕なんかじゃなくてもいいじゃないですか。ありがたいお話ですが、僕は人前に立つのが苦手ですし、そんな器でもないんです」
すみませんがお断りします――――。
深く頭を下げると、周りからは微かに非難の声が聞こえる。
他人事だと思って。どうせそんな口を叩いていても、自分がその立場になったら躊躇するだろう。
いや、むしろ何も考えずに受けて、最後の最後に後悔するだろう。こういう時に外野から口を出すような人間は決まってそういう奴らだ。俺にはよくわかる。
「――――そうか。分かった。急にこんなお願いをしてすまなかったね。この話は忘れてもらって構わない。こんな場所で悪目立ちをさせてしまって悪かった」
三枝先輩の顔は見れなかった。
いたわるように僕に声を掛けると、ローファーが地面をこする音が足早に遠のいていくのがわかった。
ひとしきり音が聞こえなくなったタイミングで、僕もまた足早にその場を後に校門へ向かうのだった。
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