第56話 仲間

「それじゃあ、会社を作ればいいよ。そうすれば、多くの人にゲームを知ってもらえるだろ。もちろん、あのストーリーも使っていいよ。まっ、多くの人は納得出来ないってのは、君も解っているだろうけどさ」

 そして、その相川は意外にもあっさりと許可してくれたのだ。

 会社を作ればいい。昨今では研究をそのまま売り込むために、大学が会社を作ることを支援している。それを利用しろと言い出したのだ。

 しかも自分の過去をベースとした、あのストーリーを使うことまで許可してくれるという、破格の待遇だった。

 出だしから躓いては、やる気が継続しないだろう。それを見抜かれての措置だったとも言える。

 だが、それに焦ったのは慧だ。ゲームを作りたいと強く思ったが、自ら会社を立ち上げて手広くやろうなんてことは、これっぽっちも考えていなかった。

 ネットで公開出来ればいい。そのくらいの軽い気持ちだったのに。それはもう大いに焦った。だから、相川の提案に対し

「いや、俺には会社を作るなんて無理だし」

 と、最初は渋った。

 渋ったどころではない。じゃあやっぱり諦めますと言ったのだ。

 しかし、相川がそう簡単に見逃してくれるわけがなかった。

 慧が初めてやりたいと自主的に言い出したのだ。ここは本人が及び腰であろうと後押ししてやると、にやにやと笑う。

 その意地悪い顔を今でも定期的に思い出し、慧がムカついているのは言うまでもない。

 もじもじとする慧を見て、相川はなんと

「誰か、手伝いたい人」

 研究室を見渡し、自ら人材を募るという方法に打って出た。しかも社長は慧だと告げてやってくれた。

 これで慧の退路は完全に断たれていた。相川の研究室に、工学部に変わった時の悪夢の再来だった。

 この男は本当に人を追い込むのが上手い。

 ひょっとして、あのゲームの熊野も相川がベースなのか。そう疑ってしまったほどだ。

 この男を追い詰めたのは社会の流れだったはずなのに、なんか釈然としない。

 そうやって慧があれこれ考えている間にも、話し合いは進んでしまっていた。あれやこれやと勝手に検討され、どうだろうと慧以上に研究室の人たちが真剣に考えていた。

 だが、まだ逃げ道はあったはずだ。

 誰もが出来たらいいよね。そのくらいのノリだったはずだ。

 だから、これで誰も立候補しなければ、話は流れたかもしれない。

「では、私がやります」

 しかし、驚くことに彩乃が立候補したのだ。こうして慧は、社長としてゲームを作り出す会社を設立することになったのだ。

 そして、決まってしまうとトントン拍子に話が進むのも、工学部に変わった時と同じだった。

 大学の支援を利用してのベンチャー企業の設立の手続きの多くは相川がやってくれ、会社としてどうやっていくのがいいかを決めたのは彩乃だ。

「えっと、俺は」

「ゲームを作るのに専念してください。一つは相川先生のやつをベースに作ればいいと思いますが、それだけでは、会社としてインパクトに欠けます。やはり、あの人工知能を売り出していくには、万人受けするようなものが欲しいです」

 戸惑う慧に、その頃から尻を叩いて開発を進めさせたのは彩乃だ。

 確かに相川のゲームは、説明不足だし内容が暗い。上手く選択しなければバッドエンド一直線なのも困る。

「しかし、万人受けって何だ?」

 ゲームを作りたいと言い出したものの、いざ作るとなると難しい。そんな当たり前の事実に、すぐに気づく。

「君は今まで何をやってきたんだ? 自分が面白いと思ったゲームは?」

 そんな慧に、発破を掛けるのは芝山だった。研究室の助教で、あのゲームでは伊勢だった男だ。

 この芝山、意外と面倒見のいい人で、会社には参加しなかったがあれこれ手伝ってくれた。ゲームとは正反対の、めちゃくちゃ世話焼きな人だった。

「伊勢にされたのは、普段から相川先生が俺のこと、口うるさいと思ってるからだろ」

 あのゲームでの役割について訊ねた時、思い切り顔を顰めてそう答えてくれたのは、設立時のごたごたのいい思い出だ。

 ちなみに、相川のゲームがベースの新しい脱出ゲームでも、伊勢は登場する。もちろんあの嫌味なキャラだ。変更すべきか芝山に確認したが

「あれ、俺じゃねえし」

 の一言で変更しなくていいと許可をくれた。

 やっぱりいい人だ。

 ちなみにもう一人、常陸のモデルになった井上美香にも許可は貰っている。彼女はノリノリで

「いいよ」

 と言ってくれただけでなく、慧の作るゲームのCGのアドバイスもしてくれた。

 その技術の高さに、会社に引き抜きたいほどだったが、井上は人工知能の研究を続けたいということで断念するしかなかった。そんな彼女は、今はシンガポールで研究しているのだから、やはり人生は何が起こるか解らない。

 他の研究室の人たちも、さすがはあれだけ本格的なゲームを作り上げただけあって、大なり小なり手伝ってくれた。みんな、あのゲームを面白いと感じ、世間に知って欲しいと考えていたのだと知った。

 責任重大だ。それに気づいた時、慧はまたビビったものだが、仲間がいるというのは、こんなにも心強いものなのか。研究室のメンバーを思い出すと、自然と肩の力が抜けた。

 困ったら、彼らが手を貸してくれる。なんなら、相川が率先して乗り出してくる。

 そう信じられるだけで、立ち止まってしまうことはなかった。

 新しいゲームもしっかりと出来上がり、後は最終調整というところまですんなりと進んだ。

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