第51話 こう来たか
「詳しいことは、相川君に聞きなさい。それで、君はここでやるべき内容に関しては納得できたかな。相川君に問い詰めるにも、しっかり把握しておきたいんだろ?」
山田の問いに、慧は頷いた。
それは大丈夫だ。めちゃくちゃ疲れたしぐったりしたけど、理解している。そして、たしかにここでやるべき内容は終わっている。
相川が考えたことの一端を知ることは出来た。
そしてそれが、どれだけ悔しい思いをしたのかも知ることが出来た。
だからこうして、論文の解読だってやってみせたのだ。
「でもねえ、すっきりしないですね。目的の部分が解りにくいっていうか、何がしたいんだっていうか。俺じゃなくてもいいだろっていうか」
「君、意外としつこい性格をしているね。研究者に向いているよ」
「そ、そうですか」
褒められた気がしない、何だか丸め込まれた気がするな。
そう思いつつも、山田はこれで帰してくれるらしい。それにはほっとした。
このままでは、延々と論文と格闘する羽目になるかと思った。
「あとは纏めるだけです」
「よし。それに、解らない部分は相川君に確かめるのが一番だよ。あとは相川君とよく話し合ってね。ああ。それと、たまには顔を見せろと言っておいてくれ」
山田はそう言って笑い、必要な資料を渡してくれたのだった。
「なるほど、こう来たか」
「いや。あのゲームをレポートにしろって言ったの、先生ですけど」
自らの大学に戻り、相川の研究室を訪れた慧は、ゲームと相川に関するレポートを提出した。それに対し相川の言った言葉がさきほどの、こう来たか、である。
「そうだったね。でも、俺のことまで含めてレポートとして出してくるとは思わなかったよ。しかもこんなに詳細に調べ上げてね。で、どうだった?」
総てを知った今、どう思うか。相川は目の前に座る、ちょっと精悍な顔になった慧に対して訊いた。
「そうですね。先生の性格が悪いってことは理解しました」
「酷いな」
「それと、ただの変人じゃなかったってことですかね」
「ただのって何だい? そもそも変人じゃないよ」
「自覚無しってのは、ヤバいと思いますよ。過去の自分を英雄に祭り上げるような人、かなりの変人です」
「――」
さすがの相川も、今の一言には黙るしかなかったようだ。それで慧は、ようやく溜飲が下がる。ここまで頑張った甲斐があったというものだ。
人生でこれほど頭を使ったことも、これほど勉強したこともないだろう。総てに正しい説明を付けるため、慧は必死に頑張った。その成果が、今、相川が手にしているレポートだ。
山田の扱きもあって、かなりのものが出来ている。どこにも抜けはないはずだ。相川が本当にしたかったことも、あのレポートの中に入っている。
「人工知能を搭載したゲームってのは、純粋に面白いと思いましたね。マンネリのパターンに陥らないっていうか。常にどうなるんだろうってワクワクさせられて、飽きない感じがいいです。
でも、これは駄目ですよ。内容が難しいし煩雑すぎます。説明不足で、多くの人は途中で飽きちゃう可能性があります。翔たちが何から逃げたいのか、それを把握するだけでも大変でしたし。まあ、先生は自分の過去を含むこのゲームを、発表する気はないでしょうけど」
慧が指摘すると、相川はそりゃそうだと苦笑する。
「これはあくまで、実験の一環だからさ。ゲームはサンプルであって重要ではない。まあ、どういうわけか、研究室のみんなはノリノリで、ゲームも十分本格的なものになっちゃったけどね。
それに、ちょっとした悪戯で、隠しルートとして俺の過去を知るというパターンを組み込んだんだよ。あれに辿り着くのは数パーセントってところだね。よほど真剣に読み解かなきゃ無理だ。でもそれは」
「翔が死ぬという、バッドエンドに繋がっている」
慧はその手前で止めてしまったが、あのまま進んでいれば、翔は自分の信念を貫いて死んでいただろう。もしくは、最終的に軍と折り合いをつけるか。
しかし、その場合、軍は利用できるだけ利用して翔を殺すはずだ。どのみち、翔には生きて脱出するという選択肢は用意されていない。彼はあの場から動けない。逃げる事の出来ない立場に追い込まれる。
「そう。バッドエンドしかないよ。翔はすでに選択肢した後だったんだ。それから逃げることは不可能なんだよ。実際、俺は物理学を止めることになったからね」
相川はそこで、小さな溜め息を漏らす。
「未練、あるんですか」
自らの選択をバッドエンドという相川に、慧は驚きを隠せなかった。
今、相川は人工知能の研究者として成功しているはずだ。それなのに、この未来はバッドエンドの結果なのだろうか。
翔と同じく、嫌々やっていると言いたいのだろうか。
あれだけ凄いものを作っておいて、それってちょっと無責任じゃないか。
でも、好きなことを出来なかった悔しさは解っているから、これが最良の選択だったとは言えないのだと理解している。
現実はとっても複雑だ。
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