第49話 本当の仕掛けは
「ああ、俺はね。たぶん、助手の坂井君のモデルなんだと思うよ。都合に合わせて動く。自分で判断していない。当時の相川君からは、そう見えていただろうね」
「そ、そうなんですか」
意外と思ったが、よく考えれば二十年前の山田はまだ四十代か。
今の相川と同じくらい。となると、立場は教授ではなく、准教授だったのだろうか。
そんな立場で、こんなヘンテコ論文を受け取ったら? そりゃあ、上が気になっても仕方がないだろう。こんな突飛な理論を守れと言われても、困るのは間違いない。
「否定はしないけどね。俺は、相川君の理論をどう扱っていいのか。正直、解らなかった。天文学の専門家に見せれば良かったのかもしれない。そうすれば彼は、今も宇宙に関して研究していたかもしれないからね。まあ、人工知能の研究に移って成功したと聞いた時は、やはりそちらが合っていたんだなって、勝手に納得していた」
そう言って、山田は慧が持ち込んだあのパソコンを愛おしそうに撫でた。
それは相川が作り上げた、プレイヤーに合わせることが出来る人工知能だ。
そう、ポイントはゲームそのものではなく、渡されたノートパソコンだったのだ。このノートパソコンにこそ人工知能が組み込まれていたのである。
最初にROMを渡すことで油断させ、普通のゲームだと思い込んだところでパソコンを渡した。ゲームはROMに書き込まれていると思い込ませるための手段だ。そうやって、相川は慧が素直にゲームをプレイするように仕向けた。
実際はパソコンの中に仕込まれた人工知能が、慧が望むような展開になるようにゲームを進め、選択肢を表示していたというのに。
微妙に意味不明だった選択肢は、人間が作ったものではなく、人工知能が作ったからで、気づくことは出来たはずなのに。
相川が変人だからと片付けていたせいで、それを見抜くことは全く出来なかった。
ということは、ここに来ることも、人工知能が弾き出した、絶対に逃げられない選択肢の結果だったということになる。
「あーあ」
慧はうんざりした気持ちでそれを見てしまう。
「騙されたという顔をしているな」
「えっ、まあ、そりゃそうですよ。だって、ゲームをやればいいって言われたんですよ。ところが、人工知能の実験だったわけで、さらには相川の過去を知ることになって、訳分からないというのが、正直なところです。っていうか、なんで俺?」
どうしてこうなったのだろうと、慧は首を傾げるしかない。
たまたまゲーム好きだったせいで、そして成績が恐ろしく悪かったせいで、相川に目を付けられて、T大までやって来る羽目になった。
まさしく意味不明だ。
どうしてこうなったのか。誰かちゃんと説明してほしい気分だった。
「それは相川君の仕事だな。俺が解るのは多分、君は昔の相川君にそっくりだということだね。だからこそ、ここに来るという選択肢を選ぶはずだと思った」
「ええっ。それはないでしょ。頭脳レベルが月とすっぽんですよ」
即答で否定すると、山田は大笑いをする。そして、そういうところがそっくりだよと、散々からかわれる羽目になった。
「そっくりって。嫌すぎる」
「ははっ。はっきり言うなあ。彼はね。意外とコンプレックスの塊なんだよ。その不満が、あの論文に発展したのかなって、今ならば思うね」
「へ、へえ」
あの相川が、コンプレックスの塊?
背が高くてイケメンで頭脳明晰で、どこにコンプレックスが生まれる要素があるというのか。
慧なんてその真逆に近いというのに。
何かとムカつく男だ。
「完璧に見えるっていうのが、コンプレックスなんだよ。たぶんね。自分はそんなことはないって否定したくなる。このゲームの主人公である、石見翔のようにね」
「なるほど」
そう言われると納得だ。
翔は天才で周囲が羨む存在だというのに、凄く人間臭いキャラクターだった。
そして、いつも自分の理論に納得できていない。でも、周囲はそれを許してくれない。さらに選択を迫られるという展開だった。
もちろん、この展開のゲームになったのは、慧がプレイしたからだ。
他の人がやっていたら、違う展開になっていただろう。それこそ、本当の脱出ゲームで終わるパターンだったかもしれない。
どうなるかは人工知能の計算次第。ストーリーは無限に近い、バラバラの展開を見せるはずだ。
あのパソコンは、触れている指先から心拍やストレス値を計測、さらに音声データを拾い、しかもプレイヤーの顔を記録して分析していた。一見普通のノートパソコンには、それだけの細工が仕掛けられていたのである。そしてそのデータに基づき、ゲームの展開が切り替わっていた。
どういう展開をプレイヤーが望んでいるのか。どこに選択肢を用意するのが望ましいか。それを人工知能が計測した数値や表情から分析していた。
慧がじっと画面を見ているだけならば、そのまま映像を流す。ヤキモキし始め、そろそろ別の展開を望んでいると解れば、選択画面を示す。
それによって、どんどん内容に引き込まれるという仕組みだったのだ。
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