第48話 なぜ、このテーマ?

 しかし、今やそれは天文学者にとって常識に近いものになりつつあるという。その理由の一つが、系外惑星が大量に発見されたことにある。

 系外惑星というのは、太陽系以外の惑星だ。今まで太陽系以外に惑星はないと考えられていたが、実はありふれたものだということが解った。

 恒星の周りを周回する惑星は様々なタイプがあり、ホットジュピターと呼ばれるような、恒星の近くをぐるぐると回っている大型のガス惑星が有名だ。

 他にも地球のように岩盤で出来た地球型惑星も複数見つかっており、その中には水があって生物が存在するのではと言われているものもある。

 つまり、この地球以外に生物がいるかもしれない。これが真剣に議論されるようになってきたのだ。

 そうなると、他の文明が地球よりも高度に発達している可能性も考えられる。そこであのダイソン球だ。地球よりも発達した文明を持つということは、同じようにエネルギー問題を抱えているはずで、その解決策を見つけているはずだ、という理論展開である。

 解決策であるダイソン球には、すでに様々なパターンが考えられているという。それによって、文明の発達段階も変化するという、そんな理論になっているらしい。

 そして、相川が考えていた、物理的に恒星からエネルギーを得るというのも、まさにダイソン球と同じ発想だった。ただし、当時は地球外知的生命体がいるなんて、それこそ絵空事だったという。

「なるほどねえ。でも、どうしてこんなことを考えたんだ?」

 卒論として、これが相応しくないことは慧にだって解る。それに、山田のやっている分野と合わない。この教授は宇宙論を専門にしているわけではない。

「大学か」

 閉鎖された軍の施設は、この大学を指していた。嫌味な軍部の連中はもちろん、理解を示さなかった教授たちのことだろう。事実とは真逆で、ゲームの中では翔を利用しようとしていると設定されていたが、要するに相いれない存在だったのだ。

 つまり、相川はここで絶対的分断とも言える出来事に遭遇することになった。そして、物理学を捨てるしかなかった。

「わざわざ論文にするか? そこが謎なんだよな」

「だろうね。相川君が書いた、この論文は当時では考えられない、それこそSF作家が考えるべきものだったんだよ。恒星のエネルギーを総て利用することが可能だとする、そんな論文はね。

 この太陽系で考えるのは難しいから、他の銀河ならばと仮定した時点で、まあ、SFと取られても仕方ないところではある。単純な仮定をしただけなんだけどね。難しい問題だよ。エネルギーという大きなテーマからは外れていないんだけどね」

「はあ」

 と言われても、いまいち、その当時のごたごたが理解できない。

 要するに、相川がこの論文を発表したいと言った当時は、空想の産物でしかないと切り捨てられた。それを相川も解っていてやったはずだ。

 それはそうだ。相川が学生だった二十年前、その当時はまだ宇宙望遠鏡であるケプラー望遠鏡の打ち上げさえ行われていない。

 系外惑星なんて夢のまた夢。地球以外に生命体が住んでいる可能性がある惑星が存在することさえ絵空事だったのだ。そこに、恒星を利用するなんて話が受け入れられるはずがない。

 ではなぜ、あえてこのテーマを卒論にしたのか。

 それこそ、あのゲームを作ろうとしたきっかけだ。

「どうして相川先生は、そんなことを考えたんでしょう」

 慧はついに直接、山田に向けてこの疑問を投げかけた。

 たしかに変人で発想も突飛な人だけど、いきなり地球外で恒星のエネルギー利用なんて考えるとは思えない。何かきっかけがあったのではないか。

 そもそも、山田が説明をしない理由も、その出来事のせいではないか?

「さあ。どうだろうね。私も受け取った時は仰け反ったからね。一体何がどう作用すれば、こんな代物が完成するのかと。二〇一六年の論文は観測データが存在する。こういう説明が成り立ちますよという、発想の下地のようなものがあるんだ。ところが、相川君はいきなり同じような理論を考え出した。まあ、天才だということかな」

「凄く都合のいい言葉」

 天才って、実は都合のいい言葉だったんだなと、慧はしみじみと実感してしまう。

 同時に変人なのも常識から外れているのも、人と違う発想をするのも、総て天才だという言葉で片付けられる。

 翔と同じだ。異質な存在として、別次元にいる人物として描かれている。そこに、真の理解者はいない。

 天才と位置づける。それはなんの理由を考えなくていい、都合のいい言葉であり存在だ。

 こういうところにも、翔というキャラが生まれた下地がある。相川はきっと、ここで誰からも理解されなかったのだろう。

 では、この山田は、あのゲームでは誰になるのだろう。論文を見て仰け反ったということは、褒めていたようには思えない。


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