第46話 元ネタ

「ほう。しかし君は、おかしいと気づいたわけだ。そして、こんなゲームを作り出した相川成人。その人に問題があると看破した」

「はあ、まあ」

 要約すればそうでしょうねと、慧は曖昧に頷いた。

 そこまで深く考えて、相川を調べ始めたわけではない。ただ、過去に何かあったんだろうなとは思った。

 あんな捻くれたゲーム、元ネタなしに作るのは難しい。そう感じさせられたのだ。しかも脱出できる見込みがゼロ。これは何かあるだろうと考えるのは容易い。

 で、調べ始めたら、本当に何かあった事実が出てきたというわけだ。それも予想外の事実が。

「あの人も、進路という選択に悩んだってわけね」

 慧はやれやれと溜め息を吐く。

 実は相川は初めから人工知能に関して学んでいたわけではなかった。

 経歴を調べると、理学部物理学科を卒業していた。そう、この山田が教えている物理学だ。それがどういうわけか、大学院で工学に移っている。

 そしてそこから、人工知能の研究者として生きている。この進路変更は大成功で、四十一にして教授になったのだ。しかし、この進路変更の理由が解らない。

 当然、これがゲームの元ネタだろうと推測する。

 大きな決断を迫られるだけの何かがあったはずだ。

 しかも論文に絡むこと。その論文のせいで逃げられなくなった何かだ。

 そこで当時から相川を知っている人を調べ、慧にしては物凄く行動的なことに、四年の時に指導教授だったという、この山田在大に連絡を入れたのだ。メールだったが、山田はすぐに返事をくれた。そして、会いに来いと言ってくれのだ。

 貧乏学生の慧には、これは有り難かったが迷惑でもあった。何といってもT大。慧が住んでいる町から新幹線で二時間は掛かる。痛い出費だった。

 しかし、これも珍しいことに興味が勝ち、こうして山田の前にいる。

 そこでサクサクと昔語りだけしてもらえれば良かったのだが、そのまま山田に捕まって相川の書いた論文を真剣に読む羽目になった。

「それだけ知りたいと思って行動しているのだから、自分の頭で理解しなさい」

 それが山田の言い分で、慧は逃げ道を塞がれた。

 まさか、ここでも選択肢があり、しかもミスるとは。

 慧は後悔したものの、ここまでやって来たんだからと自分を奮い立たせた。

 だが、読み解くのは至難の業だ。ただでさえ難しい数式の羅列。しかも、ただの物理現象に関する論文ではないとなれば、何が何やら、ちんぷんかんぷんな状態だった。

 おかげで、こうして机に伸びる結果となっている。

 大学でサボってきた勉強のツケが、今やってきた。

「これが、そのゲームに出てくる論文の元になったものですか。よくもまあ、ゲームそのものというべき、荒唐無稽な論文を書いたもんですね」

「そうだろうね。当時、彼に出来ることはこれだけだったということさ。というより、相川君はこれを、いや、これにまつわる事件を、SFとして消化できるだけになったということだね。私としては、それが最も喜ばしい事実だよ」

「そういうもんですか。でも、しっかり元ネタがあったってわけですね」

 慧はそう言って手元にある論文を叩いた。

「相川君にとって、それだけ辛い思い出ということだよ」

 山田はそう言って遠い目をする。

 それは懐かしんでいるというより、どこか後悔しているかのような目だった。

「これを書かなきゃ、相川先生はずっと物理学をやっていたってことですか」

「ううん。それはどうだろうね。彼の性格を考えると、いずれ人工知能に移っていたんじゃないかな。今の世の中、数学者や物理学者の中から人工知能を開発する人も珍しくない。既存の枠の中では満足するタイプじゃないよ」

「ふうん」

 翔のあの反骨精神とガッツたっぷりの性格は、昔の相川を反映したものだったわけだ。今や教授となった男の、意外な一面というべきか。

「いや、今も既存の枠をぶっ壊しているよな」

 自分の唐突な学部変更を思い出し、大学のルールをガン無視しているはずだと気づく慧だ。

「相川君らしいね。しかし、人を見る目は確かなようだな。君を見つけ出し、嗾けることに成功した」

「くっ。ここまで来ることも相川の手の上だったと考えると、それはそれで腹立たしいです」

 そこで相川の論文をぐしゃっと握ってしまった。とはいえ、これに八つ当たりしたって仕方がない。

「はあ。天才の意外な苦労ってことか」

「苦労というか、意趣返しだけどね」

「いやいや。だからどれだけ反骨精神があるんだよ。ホント、ゲームの翔と同じ立場だったら、監禁されてるぞ」

 まあ、そこまで見込んでのストーリー展開なんだろうけど。慧はやれやれと頭を掻く。

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