第45話 想定の範囲内!?

「もういいでしょう」

 その会話を横で聞いていた彩乃は、はあと息を吐き出す。

 今更あれこれ言っても仕方がない。彼を利用して新たな人工知能のテストをすると決めた以上、バレることもまた、想定の範囲内だったと思うだけだ。

「それで、牧野君はどこにいったんですか」

 話の中心は、これではなかったのか。彩乃の問いに、二人は同時に答える。

「俺の母校」

「先生の出身大学であるT大学」

 そう、慧はここ一週間、研究室に姿を現していない。もちろん、大学にも来ていなかった。

 心配した悠月が、一度ここを訪ねてきたほどだ。どれだけゲームをしていても、慧は学校をさぼることはない。だからどうしたのかと、そう訊ねてきたのだ。

 相川はそれに、問題ない。自分の研究の手伝いをしてもらっている都合で、しばらく別の大学に行っていると伝えていた。

「根が真面目な子だからねえ。あんなゲームをやれば、真相が知りたくなる。人工知能の解析通りだろ。まさか直接、俺の母校に行くとは思わなかったけどね」

「そこはまあ、認めますよ。そして行動力があることも認めましょう。でも、それだけですか。似たような傾向を示す学生は、他にもいたはずですけど。どうして他学部の、それも落ちこぼれている子を選んだんですか?」

 簡単には引かない芝山に、相川は諦めないねえと苦笑してしまう。

「まあ、彼が気になる理由として、昔の自分を見ている気分になるっていうのはあるかな。本当に力を発揮すべきところが解っていない感じ。やる気が空回りして、結果、何も出来なくなっちゃう感じがするんだよね」

 やれやれと相川は溜め息を吐く。

「先生とはまるで違いますよ。彼は単純に怠けているだけです。それに、先生はやれるだけのことはやったでしょ。たとえ、最終的にやりたかったこととは違うとしても、最後までやり遂げた結果です。そして今、新たな可能性を開こうとしている。彼とは全く違います」

 それに対し、やっぱり芝山は意見を変えることはなかった。どうあっても認められないらしい。

「ううん、そうなのかな。やるだけのことを、やっただろうか。俺には多分、他の選択肢もあったと思うよ」

 そこまで反発するのは、慧の本質を見抜いているからでは。

 相川はにやりと笑い、それこそ、あのゲームの答えなんじゃないかなと呟いていた。




 その慧は、たしかに相川の出身大学にいた。そして疲れ果てて伸びていた。

「何だ。相川が見込んだ男だというのに、だらしがないな。ほれ、しゃきっとしなさい」

「いやいや。そもそも専門外なんですけど。見込んだって、見込まれたのはゲームの腕前なんですけど。頭脳は見込まれていないんですけど」

 机に突っ伏した慧に冷たい目を向け、呆れ返った声で言ってくれるのは、相川の恩師の山田在大やまだありひろだ。が、無茶な話だ。

 この山田在大、現在六十の定年間近な教授の専門は、あの理系優等生が目指す物理学なのだ。それも何が何やら難しい、量子力学の最先端のような研究をしている御仁である。

 それを理系劣等生の慧に理解しろというのは、どう考えても無理がある。

「それにしても、こんなものを作っていたとはな。人工知能に鞍替えすると言ってきた時は、どうせどこかで挫折するだろうと思っていたが、いやはや。昔から、反骨精神とガッツだけはある奴だったよ」

 はははっと高らかに笑う山田に、この師匠にしてあの男あり。と、そんなことを思ってしまう慧だ。

「俺は、まさかパソコンに仕掛けがあったなんて、ここに来るまで知りませんでしたが。まさかがっつり利用されているなんて、気づいていませんでしたけどね」

 慧から預かったパソコンを見る山田に、慧は大きな溜め息を吐いていた。まさかそこからなのかと、山田に指摘されて仰け反ってしまったのは一週間前のことだ。

 つまり、パソコンの仕掛けに気づくことなく、慧はここまで乗り込んできた。

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