第44話 ゲームの裏側
「何でだよ。ゲームなのに」
ひょっとしてバッドエンドだからかと慧は思ったが、違うとすぐに打ち消していた。
たぶん、どんな選択肢を選んだとしても、主人公の翔が困るという展開にしかならない。このゲームに、脱出してクリアというエンディングは用意されていないのだ。
どうあっても、翔は自らの論文から逃げることは出来ない。軍に利用されるか、殺されるか。その選択肢を常に迫られることになる。
それは後先考えずに論文を発表した、彼への罰なのだ。自らの影響力を考慮していなかった翔が悪い。それが大前提になっている。
「逃げられない」
どうやらこれがテーマだったらしいと気づき、慧ははっと顔を上げる。
では、どうしてそんなゲームを相川は作ったのだろうか。
「相川か」
同じく天才と持て囃される科学者の相川。そんな彼が、逃げることの出来ないゲームを作り上げた。これこそ、解くべき謎ではないか。
「なるほどね」
慧はそこで自分のノートパソコンを取り出した。
自分に湧き出てきた気持ちが、自分でも不可解だ。でも、知らないままではいられない。そんな義務感めいたものがあった。
自分にこれをやらせたのも、相川は何かを知って欲しかったからに違いない。
この際、なんで俺なんだよという文句は飲み込んでおく。
たぶん、慧は相川や翔とは対極にいる人間なんだ。だから、この裏にある何かにも、違う視点から気づくと考えていたんだろう。
「こんなゲーム、単純に考えて副産物なわけないんだ。必ず、どこかに答えがある」
慧はこの日、珍しくゲーム以外の理由で徹夜したのだった。
「先生はどうして、彼を指名したんですか。ツイッターの解析なんて、とんでもない方便ですね」
鋭い目つきで睨んできた助教の芝山に、相川は肩を竦めていた。これは簡単に逃がしてくれそうにない。
「何だ。あのゲームで伊勢を割り当てられたの、まだ怒っているのかい?」
しかし、そう簡単に白状する性格ではない相川は、一先ずそうからかってみた。すると、真面目な芝山はより一層目を鋭くする。
「それについては、はい。山のように言いたいことがありますね。俺はあんな嫌味な性格はしていません。先生は俺のことをどう考えておいでなのでしょうか?」
「うっ。嫌味で返すなよ。君が優秀な研究者だということは理解している。そんな真面目に答えなくていいって」
「先生が真面目に答えてくれないからでしょ」
しっかり返され、相川はもう一度オーバーに肩を竦めていた。
たしかに、今この場で真面目に答えるつもりはなかった。ただし、意図する部分はすでに芝山に伝わっている。
「不真面目な学生を捕まえてゲームをさせて、何をさせたいんですか?」
だから、追及の手が緩まることはないのだ。相川はどうしたものかなと顎を撫で、それから、降参とばかりに手を上げた。
「彼がここに現れないことで、実験はほぼ成功していると思わないかい。人工知能の新たな可能性が見えたんだよ」
「その点に関しては同意しましょう。でも、彼にゲームをやらせたのは、先生の自己満足ですよ」
聞きたいのはそこじゃない。芝山はどんっと机を叩いた。おかげで無理矢理積み上がっていた物が、ばさばさと床に落ちていく。
「酷いな。そりゃあ、今更あのことを持ち出すのは自己満足だろう。自らの選択だと、それは解っているよ。でも、俺は無実だ。それを誰かに知ってもらいたいと思うのは、普通のことじゃないのか。俺の逃げ道は、あの時、あれしかなかったんだぞ」
そこで相川は唇を尖らせていた。それに、芝山は知っていますと溜め息を吐く。
「でも、せっかく脱出ゲームという形で覆い隠したあれを、どうして彼に解かせようと思ったんですか。本質を見抜ける人物を探したのはなぜですか。そもそも、あのゲームを作ったのはどうしてですか」
「質問が多いよ」
矢継ぎ早に繰り出される質問に、相川はお手上げとポーズする。それがますます、芝山を苛立たせた。
「確かに先生の作ったあれは、新たなゲームの可能性を持っているでしょう。ゲームプレイヤーの望む展開を作り出していく人工知能。正解のないゲームという、新しいものです。でも、あれは、今回のゲームは意図的なバイアスが掛かっている。疑問を抱いた人を、強制的に真実へと導いていく。知らなくてもいいことを、知ってしまうことになる」
「強制的ではないし、導いてはいない。彼は自分の意思でそれを選んだ。解っているだろ。人工知能が導き出したんだ。それに、俺に興味を抱かなければ、ただの胸くそ悪いゲームとして終わってしまうだろうさ」
相川は君こそ意図的に捻じ曲げていると反論した。
しかし、それは言い訳だ。そんなことは相川だって解っている。
誰かに知ってもらいたいという気持ちが、慧にゲームをやらせることが最適解だと弾き出したにすぎない。
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