第43話 八方塞がり
「ほう。その辺の作戦に関しても知っているんだな。好都合だ。とっとと開けろ」
「嫌よ」
開けろという要求に、梨々が応じるはずがない。先ほどまでの翔と同じ立場だ。主張が無茶苦茶だ。
が、男二人と女一人。さらに梨々が武器を持っていないとなると、翔たちが有利だった。
「ドアを壊すぞ。穏便に済ませたかったら開けろ。というか、センサーも切れ」
翔、こういう時も冷静だなと慧は感心する。
そう言えば、首輪がドアのセンサーと連動するのではとか、そんな会話もあったなと思い出していた。
「そこまで知っているんだ。あんた、どうするつもりなのよ。こんなところに来て」
そして梨々も冷静だった。
このゲーム、かっかと切れやすい奴ばかりかと思いきや、やはり頭のいい連中のすることだ。暴力沙汰になるような無理がどこにもない。必ず怒っていても話し合い。
「ま、ここまで緻密なシナリオを作っておいて、暴力で解決なんてされたら萎えるけど」
慧は、その点は評価できるよなと、気持ちを落ち着かせるために上から目線の意見を述べておく。
「やることは一つに決まっているだろ。論文を書く」
「本気なの?」
翔の言葉に、梨々の声から刺々しさはなくなった。しかし疑いの眼差しを、ドアの小窓に近づきながらも向けている。
「本気以外で、ここまで戻ってくるか。ここにいれば、いずれ捕まってしまうっていうのに」
話を聞いてくれるらしいと解った翔も、真摯な態度と声になった。そして頼むと頭を下げる。宇大もそれに倣った。
「ああ、もう」
どうして私がこんな決断を迫られたいといけないのよと、そんな文句とともにドアが開いた。しかし、梨々は二人に待てと手で止める。
「センサーを解除するにはこれよ。まったく、私はこれで完全に裏切り者だわ」
梨々は自分の写真が貼られたIDカードを二人の首に付けられた機械に翳した。すると、カチッという音がして二人の首輪が外れる。
「これで問題ないわ。でも、論文なんてすぐに書けるの? いくらあの論文を否定するとはいえ、それなりのデータが必要でしょ。それに、どう理論を構築するつもりなの?」
慌てて中に入って鍵を掛けた二人に、梨々は呆れた調子で訊く。少しは礼を言えという顔をしていた。
「論文に関しては問題ないんだ。いや、数値計算だとか細かな点では問題がある。でも、大枠はすでに完成している。書くのに時間は掛からない」
翔はそう言って自分の頭を指で叩いた。この中に入っているという意味らしい。
「ああ。時間は山のようにあったもんな。じわじわと気力を奪おうと企んでいたわけだから。反証を組み立てるくらいは出来るか」
「まあな。考え事は頭の中で出来るし、そもそも、時間があればそれだけ理論を検証できるというものだ。おかげで、どれだけあの論文が愚かなものだったか、痛感する日々だったよ」
宇大と翔はそう言って笑い合う。それを梨々は呆れた目で見ていた。
「だから無駄な作戦だと言ったのよね。こいつら監禁したところで、大人しくなるわけないのに。まあ、周辺を固めてしまえばやれることは限られる。それは解っていたけど」
そして、やっぱりこうなったという顔をしていた。
おや、あのムカつく男の彼女だというわりには、中間的な立場の人物だったのか。
ラスト間際に、意外なことが明かされた。
「そう。確かにここまで周囲を固められると、やれることは反対の論文を出すことだけだ。それで支持が得られたとしても、どうなるか解らない。相手は軍だ。どんな手段も執れる。全力で潰そうとするだろう。それは解っている。でも」
「やりたいんでしょ。でも、そこまで解っていてやるんだったら、覚悟は出来ているんでしょうね? 言っておくけど、発表すれば殺されるわよ。それでもいいの?」
「――」
梨々の言葉は、今までのどれよりも心に刺さった。それはもちろん、同じ学者だからだろう。だから翔の動きがぴたりと止まる。
「そりゃあそうでしょ。あんたはすでに知っちゃいけないことを、山のように知っている。そしてそれを、外に発表しようとしているのよ。結果は見えているわ。
どれだけあなたが正しくて、世界があなたを支持したとしても、石見翔は殺されることになる。それが論文を書くってことよ。
権力の総てをあなたに集中させることで、軍はこの計画を進めている。そのあなたが裏切るってことは、こいつが諸悪の根源だとして、使えなくなった瞬間に殺すってことよ。解ってるの?
確かにあなたが正しいと、学者は知るかもしれない。でも、あなただけが悪者になる可能性もあるのよ」
「――」
そうかと慧もまた息を飲んでいた。
どちらに転んでも、翔は人身御供となるのだと気づいた。
国家を巻き込み、戦争を招いた科学者となるか。
それとも正義を貫き死んだ科学者となるか。
「これ、駄目だろ」
慧はそこで、ゲームをストップしていた。
先を知りたいとは思わなくなっていた。
いや、違う。どちらかを選べと問われるのが怖かったのだ。
論文を書いて死ぬか、このまま軍に利用されて殺されるか。
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