第42話 逆転出来るのか

「なあ、翔。あまり自分を責めるな。解っているだろ。そんな裏側、気づけるわけがない。今まで俺たちには限られた情報しかなかったんだ。総てはお前の理論を実現するということだけを伝えられていた。解るだろ」

 宇広は思い詰めるなと説得する。

 それはそうだ。どれだけ利用されていようとも、総てが翔の責任ではない。慧もうんうんと頷いてしまう。

「それは」

「いいか。目の前の問題に取り組もう。穴があるのだとすれば、それを提示して論破するだけだ。権力でねじ伏せるって言うならば、そのおかしな点を国民に示せばいい。さすがにまだ、民主主義は残っているからな。世論を動かすことが出来れば、逆転のチャンスはあるかもしれない」

 そこでにやっと笑う宇大に、そう簡単に言うなと、翔は一言で切って捨ててくれる。しかし、言葉とは裏腹に笑顔だった。

「ははっ。やっぱり翔はそうでないと。どうするか、それを考えられるのはお前だけだ。何かあるだろ? 一発逆転の方法」

「難しいことをさらっと言うよな」

 翔は呆れた様子で宇広を見る。しかし、先ほどまであった暗さは綺麗さっぱり消えていた。

「だって、俺はお前ほど頭の出来が良くない。見た目も良くない。それに、あいつらだって、後ろ暗いわけだろ。だから翔を逃がしたくない。ということは、逃げられたら論破されることも解っているんだろうな。自分の作った理論だからこそ、お前はその穴が見えている。そこから突き崩す論文も書くことができるからな。多くの人に間違いを知ってもらうのは簡単なはずだ」

「それだ!」

 論文だと、翔は宇大に掴みかかる。

「えっ。まさか」

「そうだ。全世界に向けて論文として発表してしまえばいいんだ。そうすれば、学者の多くはこちらに付く。あいつらとやっていることが似ている気もするが、やはり信用を得るには、それなりの権力を集めなければ駄目だ。ただ国民に訴えても、あいつらに潰される。だから、こちらは学者という頭脳を集めることで対抗するんだ」

「――なるほど」

 僅かに躊躇いがあったが、宇大はそれしかないと頷いた。

 たしかにやり方は軍と似ている。

 国の信用を得て国民を騙すという軍と、学者たちの信用を得て正そうとする翔。大勢を動かすという点では同じだ。そして、一歩間違えば戦争を引き起こしかねないというのも同じ。

 しかし、正しいことをやるには、常に助けがいるものだ。一人が大声で叫んだところで、数で潰されてしまう。だから、数で対抗するしかない。

「問題はすぐにそれだけの論文が書けるか。これだ。どこかに使えるパソコンがあればいいが」

 そう。時間がない中、しかも逃げながら論文を書いて発信できるか。それが大きな問題だ。それも、この建物の中から逃げられない状況だというのに。

「あっ」

 そこで宇大は使えるパソコンがあるぞと手を叩く。

「そんなの」

「あるだろ。お前がブチ切れた奴が使っていた」

「――なるほど」

 その手があったかと、翔は頷いた。たしかにあいつはパソコンを使っていた。そしてあの部屋はノーマークのはず。

「熊野ならば、ギリ倒せるしな」

「そういうことだ」

「ええっと」

 ゲームだというのに、プレイヤーが置いて行かれる展開の多いことだ。

 一体誰のパソコンを奪おうというのか。ん? ブチ切れた相手となると、あの女性か。

「たしか、小牧梨々」

 あの場面がここで生きてくるのかと、気づいた慧は驚いた。

 あの唐突に感じるシーンがここで必要になるわけだ。伏線が張ってあるなんて、まさに小説のような展開だな、とそんな嫌味交じりの賛辞を送ってしまう。

「戻るぞ」

「ああ」

 そこで二人は一気に階段を下り始めた。まさか下るという判断をすると思っていないらしく、途中で邪魔が入ることはなかった。一気に梨々のいた階まで駆け下りる。そして廊下をグングンと進んだ。

 展開が早い。

 ひょっとしてもう、ラストへのルートが定まってしまったのか。

 万が一、あそこで湖夏を捨てるという選択が、バッドエンドへと繋がっていたら、この後はどうなってしまうんだ。

「これ、大丈夫か」

 慧は画面を見守りながら、ハラハラとしてしまう。

 ラストが近い。それが解るだけに、不安は大きくなっていく。

「小牧、ここにいるなら出て来い」

「ひっ」

 梨々のいる部屋のドアを、男二人がどんどんと叩いた。

 いや普通に怖いでしょと、ラストへと進むゲームを見守りながら慧は呆れた。

 こういう無駄に人間臭い演出は何なんだろう。

 天才なんだから、そういう配慮もバッチリじゃねえのか。

「い、石見。どうしてここに。しかも、有田も一緒なのね。何やっているのよ。さっさと降参しなさいよ。湖夏ちゃんがどうなってもいいの?」

 驚いていた梨々だが、意外と度胸が据わっている。声から誰か分析し怒鳴り返した。

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