第41話 ただの口実だ
「えっ」
しかも予想外の選択肢だ。
これってありなのかなと、思いつつも、このまま要求を飲むことを回避するには、この選択肢を選ぶしかない。
すなわち、この場での交渉を打ち切りとっとと逃げる。
「相川の考えた選択肢だ。おそらく、正解なんだろ」
慧はえいやっと、無駄な気合いとともにその選択肢を押していた。
すると、画面がぐるぐると回転する。見ている慧は気持ち悪くなったが、目が離せない。
「に、逃げた」
呆気に取られる常陸の声がする。そこでようやく画面がまともになった。廊下を勢いよく走っている場面に切り替わる。
「翔。お前、大丈夫か」
「さあな。でも、あのまま常陸と会話をしていたら負ける。そうだろ」
「まあ、そうだけど」
必死に追い掛けてきた宇大は、ちょっと納得ができないという顔だった。
それはそうだ。あの選択肢は見方を変えれば湖夏を捨てるという選択だ。しかし、それ以外の選択肢はこのまま屈服するというものだったから、選びようがなかったのも事実だ。
「この先、どうするんだ?」
「やはり、状況をひっくり返すだけの情報が必要だ。必ずどこかに穴があるはずだ。それに、常陸はさっき重要なことを言っていただろ」
「重要なこと?」
そんなことを言っていたか、宇大だけでなく慧も首を傾げていた。
あれだけ怒り狂っておいて、とんでもなく冷静な奴だ。それは次の言葉からも解る。
「ああ。常陸は政治家の方が先に乗った、というニュアンスのことを言っていた。つまり、奴らだけでなく上層部や政治家さえも、あれが穴だらけだと知っているんだよ。騙されるのは国民だけって寸法さ」
「まさか。そんなの愚衆政治じゃねえか」
あまりのことに、宇大は大声で言っていた。そしてしまったと口を手で塞ぐ。
常陸がすでに上に報告しているのだろうが、自分から居場所を明かすようなことは避けるべきだ。
「ああ、そうだ。この国は再び軍が台頭するようになってから、そうなったんだよ。その極致が今ってわけだ。俺という丁度いい人身御供が手に入った今、一気に軍も国も暴走するつもりだ。舞台が地球ではなく宇宙というだけでね」
なるほど、翔たちの世界では第三次世界大戦間近なのかと、そう理解する慧だ。
これは明らかに近未来を舞台にしている。ということはこの解釈で間違いない。しかも、世界大戦の舞台は宇宙であるらしい。
この時代の地球は一体どうなっているのだろう。エネルギー問題が逼迫しているらしいことは解るが、他にも問題が山積みなのだろうか。そんなことに興味を持ってしまった。
「つまり、宇宙への足掛かりとして、お前の論文が利用できると解ったってことか」
「ああ。要約するとそういうことなんだよ。誰もが旨味があると思うのも、実験が成功しなくても、この世界の覇権を取れるかもしれないと思っているからだ」
そこまで言って、翔は唇を噛んだ。その顔は、ここまでの考えをもう少し早く出来ていればという感じだ。
「翔」
「少し考えれば解ることだったんだ。俺は自分の理論に囚われ過ぎていた。あれは単なる踏み台でしかない。奴らは他の国を出し抜くことしか考えていないんだ」
誰もが絵空事だと知っているのだ。もちろん、具体的な肉付けをした司門も、数値計算をしただろう梨々も知っている。
ただ、翔だけが知らなかったのだ。
あまりに馬鹿馬鹿しいことを平気でやろうとしている。そう思っていただけだった。しかし実際は、誰もあれが現実可能だとは思っていなかった。論文の内容がどれほど空想に近いか、それを理解していたのだ。
ただ口実として利用する。
今の情勢を変えるために理由が欲しい。
宇宙空間の利用に対して、イニシアティブを取るための理由が欲しい。
それを叶えることが出来るのが、翔の書いた論文だったというだけだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます