第39話 ぞっとする
「あら、そうかしら。こちらは石見君たちに不利にならないような条件を提示しているだけでしょ」
「どこが不利にならないと。すでに十分過ぎるほど不利であり、平等ではないな」
売り言葉に買い言葉。これがいわゆる平行線だ。
そもそも、翔たちはここに無理やり閉じ込められていたわけで、不利だという主張は正しい。
しかも、一方の常陸たちは、国家権力を盾に取って、誘拐したうえで堂々と監禁までしていたのだ。やりたい放題なわけで、自分たちの要求を通すことは曲げない。明らかに不利で不平等だ。
「そうかしら。こちらに協力してくれれば、それこそ何でも手に入る立場にある。それに気づいていないだけでしょ」
「前提条件が間違っているな。こちらは協力したくないと主張しているんだ」
口が動いている時は手を出さないのが翔だ。一応、互いの主張をぶつけるだけで済んでいる。
が、一触即発であることに変化はない。というより、翔は完全に宇大に抑えられているので、会話だけが冷静という状態だ。宇大はいつの間にか、こっそりと翔の背後に回り、いつでも羽交い絞めに出来るよう準備している。
「それは仕方ないでしょ。こっちにも色々と事情があるわけ。そこに舞い込んだのが、あの論文だったということ。つまり、こちらとしては前提条件を変えるつもりはないわよ。それより、さっさと契約書にサインして」
「契約書ってのが、まず間違ってないか」
誓約書だったよなと、慧は思わず額を押さえた。
あえての言い間違いなのか、何なのか。
翔も同じことを思ったようで、警戒心を露わにしている。というより、さっきと内容が違うのではないかと考えているようだ。
「まったく。だから困るのよね」
やはり別物だったらしい。
いやいや、困るのはこっちだからと、慧もイライラしてきた。
こいつ、マジで嫌な奴だ。伊勢の上を行く。
それにしても、一体この軍部は何を企んでいるのやら。
近未来設定であるらしいので、今の世の中に当てはめても仕方がない。状況が解らないのが困るところだ。
「まあいいわ。どっちにしろ、伊勢たちが用意している書類にサインしてくれれば、こちらが欲しいものも手に入るから」
「――」
いやいや、天才科学者とはいえ、一介の民間人の力を使って、一体何がどこまで出来るのだろうか。
慧はどれだけの影響力があるのか、その点を知りたくなる。
これは裏で相当あくどいことが行われていると考えるべきなのか。それが発覚するのが困るから、翔たちを逃がしたくないということでは。
そして、総てを翔の責任にしているというところか。
ってことは、契約書なり誓約書なりにサインしてしまうと、最終的には殺されることに合意したことになるのか?
そこまで考えて、ぞっとしてしまう。
完全なスケープゴートだ。
「お前たちは、一体何を企んでいる?」
同じ疑問に、翔も到達したようだ。声が一層低くなる。
それに対し、常陸はにっこりと笑うのみだ。想像している通りだということか。
「お前たちは」
「あら。総てはあなたの論文があったからこそよ。それは変わりないから」
「くっ」
総てをでっち上げたのかという問いは、常陸に先回りされて否定されてしまった。
つまり、あの論文は最大限に利用されている。だからこそ、何をするにしても翔が必要、ということらしい。
向こうが一歩も引かないわけだ。絶対に逃すわけにはいかない。それだけのことを、こいつらはやっている。
そして、翔の論文が利用されている。その点に偽りがないというのは、現在最も困る事実だった。
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