第35話 意図は何だ?

「予算を引き出すために生かしておくが、その身に何をしても構わないってことか。嫌な話だな。最悪、生きているっていう事実さえあればいいって言い出しそうだ」

 慧は会話を聞きながら、えげつない世界だなと思ってしまう。

 逃げられなければ、自由がないだけでは終わらない。ずっと自由を奪われ、空想の産物と切り捨てたい理論を考えることになる。それも、僅かでも軍に不都合なことを論文に書こうとすれば、懲罰が待っているような生活だ。

 しかも、それには具体的な予算が付き、なおざりながら実行されるのだ。そして、その総ては税金だ。つまり国民のお金である。                       

「嫌だなあ。すんげえ政治的で嫌なやつ。それも今の世の中で無駄遣いって叫んでいるレベルじゃねえんだろ」

 あれこれ具体的に考えて、翔たちが全力で逃げるのも解ると慧は頷いた。

 それと同時に、逃亡の理由もまたリアルなものだなと思う。

 一体このゲームは何を目指しているのだろう。

 単純に考えるならば政治批判。しかし、あの相川がそんなことを目指しているとは思えなかった。何と言っても変人科学者だ。

 しかも今を時めく人工知能の研究者でもある。そんな彼が予算で困っているとは思えない。

 けれども、そういう社会風刺を全く含んでいないと解釈するのは難しかった。

「ううん。複雑」

 相川は何を考えているのか。

 ゲームに集中しようと決めたというのに、急にそのことが気になってきた。

 それはもちろん、このリアルなゲームのせいだ。ゲームについて考えていると、必然的に相川のことを考えてしまう。

 相川は一体何を意図しているのだろうか。このゲームに隠された裏側が知りたくなってしまう。

 そう、これは明らかに意図がある。単純に、このゲームは人工知能の研究の副産物として出来たものではない。

 それなのに、相川はあえて説明していないのだ。わざと誤魔化した。それはどうしてだろうか?

「コンピュータだな」

「ああ」

 そんなことを考えていたら、ゲームが進んでいた。

 二人は現状を打破するためにも、ここで何が行われているのか。調査することにしたらしい。ドアに付いた窓から中を覗き込み、状況を確認していた。

「コンピュータ。本当だ」

 画面に映し出された映像は、いわゆるスパコンの内部のような、ハードウェアが筐体に入ったものが、ずらずらと並んでいる様子だった。それも隣の部屋までぶち抜いて並べてある。ここは廊下側こそ地下と同じ造りだが、内部は一つの大きな空間なのだ。

「さっきの階もそうだったが、ここ、建物自体の壁や床が相当分厚いんじゃないか。そうじゃなければ、こういうものを上階に置くことなんて出来ないよな」

 翔の指摘に、なるほどと宇大は頷いた。たしかに、建物の上に重い物を置くというのは、小さな空の段ボール箱の上に広辞苑を置くようなものだ。ぺしゃんこに潰れてしまう。

「ということは、構造がかなり複雑ってことだな。音が聞こえない原因は壁にあるとは思っていたが」

 しかし、どうして足音だけが響くのか。それが翔は気になるらしい。もう一度、自分の靴を思い切り踏み出してみる。しかし、ぺたっという音がするだけだ。革靴ではないからか。それにしては、近江たちの足音はやけにはっきりと聞こえはしないか。

「そうだな。思えばそれは不思議だ」

 宇大も自分の靴を、鳴らすのではなく裏側を見て呟く。やはり普通のゴムでは無理なのか。そんな疑問が浮かぶが、それにしてはこちらは音が鳴らない。

「わざとかな」

「かもね。あいつらならば考えそうなことだ」

 心理的な圧迫。それを演出するためだとすればどうか。

 靴に何か仕込み、わざとその音を翔たちに聞かせていた。

「ということは、注意深く聞いていれば、あいつらが近づいてくることが解るってことか」

「どうだろうな。もうその作戦はやっていないだろ。俺たちが外に出た時点で、効果は無くなる。それにあの近江の本気具合からして、逆に足音を消す作戦を取るはずだ」

 だよなと、提案した翔もすぐにその案を引っ込めた。そもそも、近江にしても伊勢にしても、現れた時に足音は気にならなかった。すでに靴を履き替えたということだろう。

「やっぱり脱出する側って不利なんだよな」

 そんな会話を聞く慧は、ヒントは無しかと溜め息を吐く。

 このゲーム、本当に容赦なしだ。ヒントがない。

 いや、徐々に色々と解ってきているが、脱出ゲームという前提では何も理解していないに等しい。

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