第33話 気づき

「そうだな。しかし、お前は逃げるって決めて、こうやって今、頑張っている」

「――ああ」

 宇大の励ましは、慧が昼間、悠月から受けた励ましに似ているような気がした。

 成り行きによる選択。それが大きな別れに繋がる。

 それを、今になってようやく気づく。そして気づいたその時にはもう、取り消せないのだ。

 悠月と自分が歩む道は、もう交わることがない。

「俺は、逃げたのかな」

 慧は思わず、自問自答してしまう。

 工学部に変更するというのは正しい選択だろうか。少なくとも、生物学からは逃げたのだろう。そして、安定した将来を選んだ。その先がどうなっているか。保証されているわけではない。

 しかし、間違いなく、一つの選択はしているのだ。そして、その選択が正しいことを信じるしかないのだ。

「そう。進むしかないんだよ」

「ああ。進むしかないんだ」

 慧と翔の呟きが重なっていた。

 天才で完全無欠に見えた翔も悩んでいる。

 そして慧も、簡単だと思った選択に対して悩んでいる。

 どんなことでも迷いは生じるものなのだ。それを慧も翔も見落としていただけなのだろう。

 進んでいる時は気づかなくて、立ち止まって振り返った時にようやく気づくこともあるのだ。

「ったく、絶対に脱出させなきゃ、寝覚めが悪いじゃないか」

 もっと真剣にこのゲームをやろう。

 慧は思い直すと、一度コーヒーを取りに行った。だらだらした気分を切り替えるためだ。

「さて、五階だな」

 ゲーム画面上でも、気持ちの切り替えが行われていた。この階には何があるのか。そんな不安が漂っている。

「どうやら、ここの目的を知る必要がありそうだ。それこそ、計画を止める手掛かりになるかもしれない」

 翔も気持ちを切り替え、何としてでも計画を止めると決意したようだ。しかし、顔には疲れが見えている。

 早く手錠を外す方法を探さなければならないだろう。慧はコーヒーを飲みながら、そんなことを考えていた。ともかく手錠をしたままということが、佳広を取られた今、精神的にきつくなっているはずだ。

「目的か。お前の理論を利用したのも、何かあるってことか」

「ああ。さっきの伊勢の言葉が引っ掛かる。どうやらここの連中は、俺の理論が空想の域を出ないものだと理解している節がある。それでいて、俺たちを捕まえてまで理論を実現させようとしている。明らかな矛盾だ。いや、矛盾があるからこそ逃げられては困るということか」

 しかし翔は、そんな冷静な分析を始めた。

 心配して損したという気持ちになった慧だが、目の前の問題に取り組むことで、集中しようとしているのかもしれないと、コーヒーを飲んで考え直す。

 ともかくこのストーリー、安直に理解できたと考えるのは危険な代物だ。それは今の翔の分析からも解る。

「よく、これだけ複雑なものを考えたよな」

 副産物で出来たと言っていた割には、恐ろしく手の込んだゲーム。慧は相川の本気を感じ取り、何が目的なんだろうと考えてしまった。

 しかもこれだけ出来上がっているのだから、わざわざゲーム好きの学生を探し出して、お試しプレイをさせる必要はない気がする。

「違和感だなあ」

 相川は一体、何を考え、何を企んでいるのか。

 こちらも少し検討する必要がありそうだ。

「ともかく、この階を探ろう」

「ああ」

 五階の廊下はまた、地下と同じ造りになっていた。何かを製造しているのは、四階だけなのだろうか。

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