第29話 頭を使う

「佳広のことを考えると、飛ばした方がいいんだろうけどな。でも、すぐに上に行ったからって状況が変わるわけでもないし」

 意外にも、ここは冷静に判断しないと駄目なようだ。

 思うに四階くらいならば、探している避難用の梯子もあるかもしれないし、何より状況が変わるかもしれない。

 このまま黙々と進むのも、佳広の不満を爆発させそうで怖かった。下手に黙っている時間が長いと、不満をどんどん溜め込みそうだった。

「そう言えば、一人ずつ監禁されていた時も、一人だけ拘束が緩かったわけだし、こいつってさっさと結論出すタイプなんだよな。安易な方を選びやすいっていうか。なんていうか、俺と同じタイプ」

 それに気づくと、今朝のことを思い出してへこんでしまう。が、今は選択肢についてだ。

 今までの事を考慮すると、考える時間は少ない方がいい。いや、余計なことを考える時間を与えない方がいいというべきか。

 そう考えると、四階を探索すべきだろう。そう結論付け、慧は選択肢を選んでいた。

 徐々に頭を使う部分が多くなりそうだ。

「ここは、雰囲気が違うな」

「ああ。実験でもやっているのか」

 四階は今までのドアが続くという単調な廊下とは異なっていた。大学でも見かける、実験教室が並ぶ廊下。それを思わせるものだった。というのも、この廊下だけリノリウムで覆われていたからだ。壁も同様。今までのコンクリートの廊下とは違う。

「実験って、何の実験だ?」

「聞くまでもないだろ。翔の論文を基に何かをやっているんだ。宇宙関連のってことだろう。太陽を覆うために無重力状態で外壁を作るにはどうすればいいか。そもそも、物資や建築資材をどう運ぶか。有人飛行で行うのか機械化できるのか。

 さらに言えば、そもそも、太陽を覆ってのソーラー発電はどうすべきなのか。考えなければならないことも、実験して確認しなければならないことも広範囲だからな。他にも足掛かりとして月や火星を利用できるのか、などなど。例示しようと思えばいくらでも出来るぞ」

 呆然と問う佳広に対して、宇大はぼんやりしている場合じゃないぞと、次々に実験の例を挙げた。

 なるほど、翔の理論を実現するという名目だけで、それだけの実験も行われるのか。佳広とともに慧も感心してしまう。

 つまり、実現しようとすると膨大な予算とやることが出てくるというわけか。

「すでに一部は動き出しているはずだ。そうでなければ、熊野が自信満々に俺のところにやって来るはずがない。あいつは俺に復讐する機会を待っていたはずだからな。拷問をしてでも誓約書を書かせたい奴が、ここまで堪える理由が他にない」

「だな。面倒なこった。とはいえ、あの時こてんぱんに熊野を叩きのめしたお前も悪いけどな。もう少し配慮し解けば、ここまで面倒なことにはならなかっただろうに」

「煩いな。あれは熊野の理論が悪いんだろう。あんな荒唐無稽な」

「はいはい」

 言い訳をしようとする翔を、宇大は軽く諌める。

 突っついといて、聞く気はないらしい。

 こいつ、やはりモデルが相川なだけあるなと、慧は一人で納得だ。

 こういう人の話を聞かないところなんて、そっくりだった。おそらく研究室にいる誰かも、慧と同じく最後まで聞けよと思っているに違いない。

「それにしても、やっぱりあの熊野とは因縁があるわけか」

 設定が細かいなと、慧は感心してしまう。このストーリーを考えたのは誰だろう。

 ひょっとして小説家志望の奴がいるとか。いや、コンピュータオタクの集まりだからか。ちょっとの隙も許したくないという、プロ根性から来るのかもしれない。

 プログラミングに曖昧さがあってはいけないというのは、彩乃に教わったばかりだ。

「何が行われているか、知っておく必要があるな」

「あ、ああ」

 翔はあえて佳広を見てそう言った。

 考える暇を与えないためだろう。こちらの意図が伝わっているようで、何だか嬉しくなる。こういう瞬間が多いのも、計算の内なのだろうか。

 それにしても、自分がよく冷静にそんな分析をしているものだなと、感心もする。普段ゲームをしている時なんて、漫然とやっているだけなのに。というより、ストーリーについてここまで考えることがない。

「どうにもこのゲームって、普通のゲームをやっている感覚とは違うんだよな。明らかな説明不足のせいなんだけど」

 集中しているようで、していないというか、これにのめり込んでいるというのに、どこかで違うことを考えているというか。

 もちろん、作ったのが相川だというのも理由になるだろう。素人が作ったから考えなきゃと構えているところはある。しかし、それだけでは説明のつかない、不思議な感覚が生まれるのだ。

「おい」

「ん?」

 先に進んでいた宇大が、これを見ろと手招きしてくる。それは一番手前の部屋だった。そこにある大きな窓から、堂々と内部を覗き見ている。

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