第28話 危うい関係性

「上に逃げても、脱出は無理じゃないか」

「いや。上に行けば、火災避難用の梯子があるはずだ。いくら軍の施設とはいえ、火事への対策をしていないなんて、あり得ないからな。そこから抜けられる」

「で、でも」

 躊躇う佳広に、翔は足を止めて向き合った。

 このままでは脱出に支障が出る。そう気づいたのだ。

「いいか。サインすればいいって、そんな簡単な話じゃないんだ。あいつらがそれだけで納得すると思うか。身体の自由は保障されるかもしれないが、色んなことをやれと強制されるんだぞ。それに、あの計画は誰が阻止するんだ。サインしてしまえば、その実験がどれだけ無駄なものと知っていても進めなければならないんだぞ」

「――」

 どれもこれも正論で、佳広に反論の余地がない。もちろん、言っている翔だってその現実が迫っているのだから、言葉にするのは辛いだろう。それは佳広にも解っていて、唇を噛んだだけで何も言わなかった。

「この微妙な感じ、後で問題にならなきゃいいけどな」

 思わずそんな心配をしてしまう。

 どうにもこの二人、今までもぎくしゃくしていたのではないか。上手く誤魔化しながらやっていたのだろうが、どこかで不満が溜まっていたのではないだろうか。そんな疑問を感じずにはいられない。

 もちろん、何か議論をしている時に、そんな不和は感じ取れない。研究においてはいい関係ではあるのは間違いないのだが、どこか危ういバランスの上に成り立っている感じが拭えないのだ。

 二人はいつか、決定的に解り合えない瞬間が来る。そう予感させるだけの何かがあると感じてしまう。

「ともかく進もう。止まって考えているのは危険だ」

 そこに宇大が真っ当な意見を述べる。

 ううん、相川。いいポジションを取ってるよな。

 よく考えると、こいつがいなかったらとっくの昔に捕まっているだろう。二人だけでは前進出来なかったに違いない。ちょっと危うくなった時の調整役というわけだ。

「となると、こういう問題のある奴が研究室にいるってことかな」

 ふと、相川の周辺を考えて現実とリンクして考えてしまう。

 駄目だ駄目だ。

 これはあくまでゲームの中の話であって、キャラに元ネタがあっても関係ない。実際の人間関係をゲームに反映させるなんて、悪趣味もいいところだ。

「そう言えば、まだ翔のモデルと会ってないな」

 こんな凄い奴が研究室いるのか。それとも、相川の知り合いの誰かか。

 自分すらもモデルに使っているのだから、当然、翔だって現実にいる誰かのはずだ。

 しかし、これほどの天才、全く噂にならないってことはあるか?

 相川はそれなりに有名だから、それこそ、知り合いに超天才がいると話題になりそうなものなのに。

 とはいえ、どっちにしろ、現実にいるとすれば、厄介な人物であることは間違いなさそうだ。

 竹を割ったような性格と言えば聞こえがいいが、融通の利かない、面倒な奴である。

「おっ」

 モデルの考察をしている間に、三人は黙々と階段を上り始めていた。

 でも、どこか微妙な空気は残っている。ぎくしゃくしていることは、友人だという宇大も知っていることのはずだ。こいつが何とかしてくれると信じるしかないだろう。

「ううん。人間関係までリアルなんだな」

 そういう微妙な人間関係を読み取らせるなんて、小説みたいだなと慧は思った。

 そう、具体的に描かれていないところにも重要な部分があるようで、行間を読まないと置いて行かれる。そんなゲームなのだ。集中力を要求される。

「さて」

 四階に上がったところで、また謎の選択肢が出てきた。

 四階を探索するか、飛ばして上に行くか。

 なぜこんなところで選択肢が出てくるのだろう。これを考えなければならない。

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