第21話 新たな敵

「この人だけ、拘束されている時も真面目だったんだろうな」

 佳広の危うさを感じ取って、そう呟いてしまう。

 翔はこの計画を潰したいともがいていた。そのために逃げるんだと決意していた。宇大に関しては、大量の本を手に入れて時間を潰していた。

 それはいずれ、出られるチャンスがあるはずと考えてのことだったはずだ。

 ところが、佳広に関してはそれがなかった。拘束具が何もつけられていないのも、問題行動を起こさなかったからだろう。ただ唯々諾々と、あの部屋にいただけなのだ。

 それは翻せば、絶対に逃げられるという希望を持つことが出来なかったということになる。特に軍の機関であるこの建物に呼び出されて捕まったものだから、余計に絶望したのかもしれない。

 自分たちは目を付けられた。それも厄介な相手に。もう二度と、外には出られない。そう考えてもおかしくない。

「ちっ」

 そんなことを考えていると、誰かが舌打ちするのが聞こえた。画面に視線を戻すと、三人の前に、新たな軍服姿の男がいた。

伊勢いせだ」

「また、面倒な。近江の次に面倒だ」

 翔が名前を言うと、宇大が嫌だなという顔をした。

 二人は反抗することが多いせいか、軍人の名前をよく知っている。ついでにその特性も知っているということらしい。見た目は全く違うのに、似た者同士なのだ。

「面倒って、どういうことだ?」

 そして、諦めていた佳広は何も知らない。

 やはり、さっきの推測は合っているらしい。

 慧はそう納得しつつ、伊勢という男を見た。

 先ほどの近江のことがあるから、腰の辺りに注目する。すると、こちらは日本刀ではなく、銃を二丁、左右に付けていることが解った。しかもかなり大きい。

 デザートイーグルだ。自動拳銃でありながら、ガス圧作動方式を採用していて、ボディアーマーをも貫通するという威力を持っている。さすがは軍。武器に関しては何でもありだ。

「かなり面倒だな」

「だろ」

 翔も同じく腰の銃に気づいたようだ。顔を顰める。ついでに、こちらの方が面倒ではないか。そんな顔をしていた。威力は明らかに刀より上だ。

「おいおい、銃を所持しているからって睨まないでくださいよ。まったく、近江みたいな獣と同じにしないでもらいたいものです。俺はこれでも紳士的で有名なんですから」

 伊勢はゆっくりとこちらに近づきながら、そんな気障ったらしいセリフを吐く。

 それがまあ、嫌味なほど似合う風貌だから、違和感はない。彫が深くて外国人顔なのだ。ハーフだろうか。

「まあ、その点に関しては同意するね」

 それに対し、のんびりと宇大が答える。

 たしかに宇大は初めから、近江の方が面倒だと言っている。つまり、まだ話し合いの余地がある相手ということか。

「しかし、逃亡を見逃すわけにはいきません。君たちは我々にとって大事な頭脳です。あんな狭い場所が嫌だと言うなら、誓約書にサインすればいいだけの話。そうですよね」

 そう言って伊勢は、銃を抜くのではなく、胸ポケットから紙を取り出した。あれが誓約書ということか。

「軍に絶対的忠誠を誓うってヤツだろ。嫌だね」

 翔はそれを何度か見たことがあるのか、露骨に嫌そうな顔をした。それに、伊勢はさも面白そうに笑うだけだ。

「いずれサインすることになるんです。自発的にやっておくのが身のためだと思いますけど。今、これだけ惨めな思いをしているのに、まだそれ以上をお望みとは、マゾヒストとしか思えませんね」

「ふん。サインしても自滅の道しかないだろうが」

 伊勢の挑発にも、翔はないないと手を振った。しかし、佳広は違うようだ。

「サインすれば、逃げなくてもいいし、拘束もされないのか」

「おい!」

「もちろんですよ。君たちに不利益になるようなことは、こちらとしても避けたいんです。本当はね。でも、そこの石見君が素直じゃないから」

 止める翔の声に被せるように、伊勢が肩を竦めながら説明した。動作もどことなく外国人っぽい。

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