第20話 外の音
「右に行こう」
慧が選択すると、翔が右だと言って画面が進み始める。
それを見ていると、自分がこの中にいるような気分になるから不思議だ。ゲームに対して幾分かの不満はあるものの、結局はのめり込んでしまっている。
「そうだな。あっち側に階段があるかもしれない。それにしてもここ、全部で何階あるんだ」
「ビルの外観を見た感じでは、十階建てくらいだったぞ」
宇大の質問に、佳広が顎に手を当てて記憶を探り出した。そして、お前はどうやってここにと訊く。
「俺か。大学で攫われたんだよ。学生が俺の研究室に来てさ。翔が呼んでいるっていうから、呼び出し場所だった教室行ってみれば、あの近江がいたんだ。びっくりしたよ。で、あっさり捕獲されて眠らされた」
「やっぱり、さっきの場所で置いてこなくて正解だったな」
のんびりと説明する宇大に、翔が冷静なツッコミだ。
慧もそのとおりだと頷いてしまう。
過去、あいつに負けているではないか。どうせこの男のことだ。その時も無謀に突っかかったのだろう。まさか、不意打ちすれば勝てるとでも思っていたのか。
かなり謎なキャラだ。
「酷いな。お前を心配して駆け付けたってのに」
「ということは、呼び出された段階で妙だとは思っていたわけか」
「まあね。数日前からお前の姿は見ていなかったし、それに、お前の場合は用事があればメールしてくるからな。なんか違和感あるなとは思っていたんだ」
宇大は肩を竦めて笑う。それでも捕まったからどうしようもないということか。
会話の流れから考えると、翔と宇大は友達であるらしい。同年代なのだろうが、見た目では判断できないのが宇大だ。無精ひげやぼさぼさの頭のせいで、年齢不詳の見た目となっている。むしろ年上っぽい。
「地上に出ると、色々と音が聞こえるな」
駆け足で進みながら、翔は周囲へと目を向けた。
すると、外の音がはっきりと聞こえることが解る。ヘリコプターが飛ぶ音、車が走る音。さらに人の話し声。ここが全くの異世界ではなく、ちゃんと現実にある場所だと実感させられる音だ。
そして、音の数々から、ここが軍の施設なのだということも、強く意識させられる。
「地下だったからな。防音されていたってのもあるだろう。それにしても、懐かしく感じるな。外って、こんなにも煩かったのか」
佳広が懐かしそうに言った。
それだけで、あの部屋に監禁されていた時間の長さが解る。外が懐かしくなるほど、三人は拘束されていたのだ。
なるほど、丹波たちが強硬手段に打って出るのも仕方がないということか。もう十分に待った。それでも折れないお前たちが悪いってことね。
「ここを出れば、もっと煩いさ」
翔は励ますように言う。自分のせいで捕まったという負い目があるのだ。
それだけに、どうにか脱出しなければという気持ちが、慧の中にも湧き上がってくる。呼び方や接し方に違和感があるものの、こいつら、滅茶苦茶いい関係だ。
ただし、力関係に微妙な部分があることが、今後の脱出に支障をきたさなければいいのだが。
「そうだ。大学に戻れば学生は煩い、教授は煩い。実験に失敗した奴が何かを壊す音だってする。ここよりも音なんてもっと色々ある」
宇大も、ここで懐かしんでいる場合ではないぞと笑った。
うん。見た目はぼさぼさだし相川みたいだが、こいつもいい奴だ。
「そうだったな。悪い」
感傷的になっている場合ではなかったと、佳広は笑うが、その笑顔には影がある。最も拘束されていないというのにだ。
それはつまり、二度と出られないという諦めが、早々にあったからか。やはり、この佳広が今後のネックになりそうだ。
「急ごう」
「ああ」
二人にも佳広の心が折れていたことが解ったのだろう。あまり長く逃走を続けるのは、佳広にとって良くない。
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