第17話 間違った使用方法

「行くぞっ」

 そんな呆れる翔を他所に、宇大が気合を入れる声がする。

これは拙い。

「逃げるぞ」

「えっ」

 まだ状況を理解していない佳広を引っ張り、一時部屋の前から撤退する。

 すると次の瞬間、どんっという大きな音が廊下に響き渡った。それと同時に、部屋から夥しい数の本が雪崩出てくる。

「いやはや。本もたまには違う使い方で役に立つものだ」

 そんな雪崩を起こした本を踏み分け、あのぼさぼさ頭の宇大が登場した。

 背が高く、百八十はあるだろうか。翔とは真逆で、爽やかさが全くない人物だった。

「すげえ」

 慧は思わず感嘆の声を上げていた。

 キャラの振り幅があることもさることながら、やることが凄い。自ら囚われている部屋を本で破壊したキャラなんて、あらゆるゲームをやっていると自負する慧だって見たことがない。

「明らかに間違った使用方法だ」

 無事に脱出した宇大に、翔の冷静な声がする。しかし、宇大は反省した様子はない。これも作戦という顔だ。

 その宇大の首にも、翔と同じものが付いていた。こいつは佳広より警戒されているらしい。

 まあ、今の行為を見る限り、もっと警戒すべき人物である気がする。

「翔がここまで来れているってことは――と思ったが、緊急事態のようだな。うん」

「そうだな。助けに来たのならば、その方法で出て来ることは許可していない」

 翔の足に絡み付いたままの足枷や手錠を見て納得する宇大と、呆れたままの翔。でこぼこコンビという感じだ。しかし、いがみ合っている感じはなかった。

「それもそうか。それで、逃げるんだな」

「逃げられるかどうか、その保証はないけどな。ともかく、あの計画を阻止しなければならない」

 そう言って、翔はポケットから司門の持ってきた計画書を出して宇大に渡す。まだ見ていなかった佳広も、それを覗き込んだ。

「なるほど。さっき小牧にブチ切れた理由はこれか」

「随分と具体的な計画だな。明らかに、色々と不可能なこともあるが、時間を掛ければなんとか解決できると考えているのだろう」

「そうだろうな。だからこそ、動き出すとなると厄介だ。実際にこれを実現に向けて専念することは、ここの機関を使えば簡単だからな。しかも、予算も大学と違って潤沢にある」

 翔の指摘に、二人の顔から余裕が消えた。

 空想だ何だと言っていたが、実現可能性がゼロではないと思っている証拠だ。そしてその一番の妨げが予算にあることも解っているのだ。

「つまり、不可能とされている理由の一つが予算なわけだ」

 しかしまだ、慧は何が計画されているのか解らない。とはいえ、太陽光を利用するのに莫大な予算がいると言われても、何一つ具体例が思いつかない。

「しかし、たとえ太陽と地球だけに影響を絞ったとしても、かなりの重力場に影響をあ与えることになるんだぞ。それに、水星や金星に関しては近日点を無視できない。ああ、これだと、その二つの軌道変化も含むことになるのか。ううん」

 資料を読みながら、宇大はぼさぼさ頭を掻き毟る。

 どうやら考える時の癖らしい。そういう人、現実世界にもたまにいる。こういう細部までリアリティが追求されているのだ。

「そう。どう考えても太陽系の多くを巻き込む形になるんだ。そうなれば、宇大が指摘したとおり、周辺の重力場がおかしくなることが想定される。こんなことを無計画にやれば、いずれ太陽系のバランスが崩れる。それをあいつらは考慮していない」

 太陽光の利用ばかりに目が向き、必要な検証が抜けているのだと、翔は紙を指で叩いて言う。そこが考慮されていないからこそ、無理が通るのだとも付け加えた。

「確かにその通りだ。中心の重力場の変化がどういう影響を及ぼすのか。これを考えずに動かすのは危険だろう。下手すりゃ中心に質量が集まりすぎて、ブラックホールになってしまうぞ」

 佳広は困ったことになったと、ようやく真剣に取り合う気になったらしい。頭から不可能だと断言していた佳広にすれば、そんなことをシミュレーションすることも馬鹿馬鹿しかったということか。

 翔の研究を手伝ったという割に、具体的に考えることがなかったなんて、なんだか頭が固い。

 やはり、佳広だけ不思議な立ち位置のように思えた。

「つまり、何としても計画が具体的に動き出すことを阻止しなければならない。あの熊野がその点に気づいていないはずはないんだが、あえて指摘していないようだな。単純に俺への嫌がらせとして面白がっているだけかもしれない。が、軍の連中は違う。この計画が正しく、問題点はないと判断しているに違いない」

「だろうな」

 翔の指摘に、宇大は間違いないだろうと頷く。

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