第16話 有田宇大

「ともかく、進もう。どうやら追手は、俺たちを待ち伏せする方法に切り替えたようだし、ゆっくり探索が出来る。左側に行こう」

 階段から足音が聞こえないことを確認し、翔がそう提案した。それに佳広も、もちろん慧も頷いていた。

 問題があるとすれば、待ち伏せされているというところだが、進んでみなければ解らない。

 だが、その静寂が嫌な予感を呼び起こす。ひょっとして、バッドエンドに進もうとしているのだろうか。そんな怖さを感じる。

「そうだな。ここに小牧がいたってことは、重要なものはこの階にあるってことかもしれない。他の二人はあっちに拘束されているかもしれないな」

 佳広は翔を勇気づけるように言い、廊下を進み始めた。

 ともかく進むしかない。それは変わらないのだ。

 相変わらず廊下は薄暗いため、ゆっくりと進みながら確認していくだけだ。

「この建物自体、あまり人の気配を感じないな」

「そうだな。かなりの人数がいるはずなのに」

 あまりに静かだと、二人は訝しがる。

 たしかにそうだ。あれほど靴の音が響くというのに、建物の中には物音がしない。ひょっとしてこの階は無人なのか。そんな疑問が過った。

「いや、他に理由があるのか」

 慧が思わず呟くと

「ちょっと、足音を鳴らしてみろ」

 急に翔がそんなことを言い出した。

「な、なんで?」

 それに、どうしたんだと佳広は困惑したようだった。彼はまだ、廊下に疑問を抱いていなかったらしい。

「音だよ」

「あっ」

 すぐにその意図に気づき、大きく足を踏み出してみる。が、ぺたっという音しかならなかった。スニーカーだからだ。けれども、全く音がしないというわけではない。

「床面の素材に問題はないみたいだな」

「ああ」

 そう言いつつも、翔は壁面に触れている。床は問題ないがこちらはどうか、ということらしい。

「思うに、部屋の中にいた時も、他の物音が聞こえなかった。足音ははっきりと聞こえていたというのにな」

「そう言えば」

 佳広は確かにそうだと頷いた。

 足音は異様に聞こえたというのに、他の物音は一切聞こえなかった。まるでここに一人きりにされたような、そんな孤独感があったのを覚えている。

「お前が俺に気づけたのも、足音がしたからだろ」

「あ、ああ。いつもと違う足音がして、まさかって思って覗いたら翔が」

「ということは、部屋の中が防音になっているってことだな。だから当然、人がいる音がしない。さっき、小牧と会った時も、中を覗いて初めているってことが解ったし」

「そうか。音がしないのが普通なんだな」

 音が出ない理由に納得し、二人は捜索を再開した。より慎重になったのは、中からの物音を頼りに出来ないという結論が出たためだ。

「ん?」

 一つ一つ覗いていたところ、妙な部屋に出くわした。

 やけに本ばかりが置かれた部屋だ。しかし、図書室というには雑然としている。というより、本棚がない。あらゆる本が床から天井に向けて積まれているのだ。そして、窓には誰かがいることを示す鉄格子がある。

「うわあ。昔ながらの学者の部屋って感じ。俺たちよりも前に誰か拘束されていたのか?」

 佳広がそんな感想を漏らすと

「いや。昔ながらではなく、この部屋に見覚えがあるんだけど」

 翔が呆れたように言う。

「見覚え」

「そう」

「あっ」

「そう、あいつだ」

 二人はこの部屋が誰のものか、解ったらしい。互いの顔を見て指を差す。

「おおい。宇大、有田宇大はいるか」

 翔が部屋のドアをどんどんと叩きながら訊くと、にゅっと本の間から顔が出た。

 かなりの無精ひげだ。それに髪はぼさぼさ。が、部屋の外から声を掛けているのが翔だと解ると、がばっと起き上がった。

「おおっ! どうしたんだ? ついに強行突破か」

「そういうことだ。ってお前、この状況じゃあドアを壊せないだろ」

 喜ぶ宇大と違い、翔はどうするんだと部屋の中を覗く。まったくスペースに余裕がない。これでは体当たりして壊すという、佳広を助けた時の手段は使えそうになかった。

「いやいや。これだけの本があるんだぞ。出ようと思えばいつでも出られる」

「はあ?」

「ひょっとして」

 呆気に取られる佳広と違い、翔は気づいたようだ。が、それっていいのかという顔をしている。

 もちろん、これだけの本をここに入れることを許可した、丹波たちにだ。

 あれだけ自分に対して警戒しているくせに、どうしてこちらはこれほど無防備なのか。

 どう考えても馬鹿だ。まさかそういう使い方をするとは考えていなかったのか。

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