第15話 小牧梨々
「まずは右」
慧はそこまで考えてから、一先ず右に進む選択をした。
左の方が廊下が長そう、という理由からだ。まずは建物の構造をはっきりと掴む必要がある。それに、右の途中で足音が聞こえたら、階段を上がって逃げることも可能だ。
「こっちから行こう。さっと確認して、左側に進む。もし追手が来ても、階段が近いから上に抜けられる」
「ああ」
翔はまるで自分の考えを読んだかのように、同じことを考えて言った。
そうそう、よく解ってるじゃん、と慧はますます翔のことを応援してしまう。
「人の気配はするか」
「しないな」
ゆっくりと、鉄格子の嵌っている部屋はないかを確認しながら、二人は廊下を進んで行く。
静かな廊下と、普通の部屋が続く。が、翔が何かに気づいたように、ある部屋の中をじっと覗き込んだ。
「どうした?」
「あいつ」
「誰かいたのか」
二人で部屋の中を覗き込んだ。
ここもドアに窓が付いているが、鉄格子は嵌っていない。そんな場所に何があるのか。画面が少し動き、部屋の様子が見て取れるようになる。
「女の子」
そこには、パソコンの前で悩ましい顔をしている、髪の長い女の子の姿があった。とはいえ、年齢は翔や湖夏、それに司門と同じくらい。ストレートな髪は、椅子の背凭れで隠れているが、腰くらいまではあるだろうか。眼鏡を掛け、文学少女のような風貌である。
「あいつ、熊野のところの奴じゃないか」
翔がその女の子のことを思い出した時
「あっ」
向こうも気づいて振り向いた。
そして、二人がいることに驚き、困惑したような顔になる。
「い、石見。どうやって抜け出したの?」
「お前こそ、ここで何をしているんだ。数学天才少女として名高い、
怯える小牧梨々に対し、翔はここを開けろとドアを叩く。
自分が追われていることを忘れたかのような行為だ。
一体この少女の何が、翔をここまで苛立たせているのやら。
「お、おい」
佳広が止めに入るが、翔は梨々を睨み付けている。
ドアを挟んで、一触即発のような雰囲気だ。
「わ、私は、あなたの理論を検証しただけよ。何もしていないわ」
部屋のドアさえ開けなければ安全と解り、梨々は余裕を取り戻した。鍵はしっかり掛かっていて、翔が揺さぶったくらいでは開かない。そしてにっこりと笑う。
その笑みには、文学少女のような見た目に似合わない毒気があった。
なるほど。こういうところが翔と合わないのか。
それに、軍が翔の理論を利用しようとしたことに、一役買っているらしい。
「ふざけるな。あんな理論を検証なんてっ」
「おい。ここで言い争っても仕方ない。戻るぞ」
佳広は怒り狂う翔を引きずり、階段のところまで戻った。こっち側は梨々が使用するエリアと判断したらしい。
「悪い」
階段のところまで戻ると、翔は取り乱したと謝った。
「ホント、びっくりだよ」
慧も翔の怒りが収まったことに、ほっとしてしまう。
思うにこの翔、意外と直情径行にある。
天才の意外な弱点というところか。
まあ、空想をちゃんと理論化してしまったというところにも、それが見え隠れしている。
あまり深く考えずに行動してしまうらしい。
「あいつを責めるってことは、それだけ、具体的なところまで進んでいるってことか」
「ああ。俺たちを捕まえたのは、あの論文を元にしている計画を、勝手に進めるためだったんだ。俺たちが余計なことをしないように、この計画を潰さないようにするために、捕まえていたんだ。ついでに、手伝わせるのが手っ取り早いと判断していたってところだろうな。一応、考えたのは俺だ。詳しいところは俺に訊くのが早いわけだし」
「なるほど」
しっかりと練られた計画だったわけだと、佳広は唇を噛む。
ここに誘き出され、まんまと捕まってしまっただけに、責任を感じているようだ。
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