第12話 タイムリミット

「用件はこれ」

 そして司門も、あまり苛立たせては必要な答えを得られないと心得ていて、すぐに用件に移った。一枚の紙を翔に手渡す。

「これは」

「かなり理想的だろ。君がどれだけここで踏ん張っても、計画はどんどん進んで行くんだよ」

 翔の顔が驚愕に代わり、そして画面は渡された紙に切り替わる。どうやらそれは、太陽光の研究に関する計画書のようだった。

 そこには何やら難しい解説と、機械に関する説明。それに、それを稼働することで得られる利益についてが、びっしりと横書き二段組みで書かれていた。

 食い入るようにその計画書を見る翔の髪を、司門がぐっと力強く引っ張って顔を上げさせる。

「さっさと返事をしてもらえるかな。君の協力なくして、この実験を進めるのはリスクがある。しかし、こちらもだらだらと時間を使っている余裕はない。理解できるか」

「無理にでも、協力を取り付けるということか」

「ああ」

 司門の顔に、サディスティックな笑みが浮かぶ。

 これはヤバいと、慧でも解るほどだ。一体どんな方法で協力させるつもりかは解らないが、こいつは翔を自在に操ろうとしている。そのためにはとんでもない非道な方法も使いそうだ。

「ううむ」

 それにしてもまあ、本当にリアルだ。どんどんCG画像とは思えなくなってくる。もちろん今時のゲームもかなりリアルだが、やはり人間離れした雰囲気があるものだ。

 しかし、翔にしても司門にしても、現実にいそうな顔をしている。そこが他のゲームとの大きな違いだ。

「猶予は二日。それまでに自主的に頷かなければどうなるか。頭のいい君ならば解っているだろ。頼むよ」

 司門は翔の髪を乱暴に離し、それが単なる脅しではないと行動で示してくる。俯く翔の顔が、苦悶の表情になっていた。

「脱出を急がなきゃならないってことか。難しいな」

 いきなり設定された期限に、慧は焦ってしまう。

 今のところ、逃げられる可能性は限りなくゼロに近い。しかも、恋人を助けなければならないのだ。あれだけ自分を、ではなく翔を信じている彼女を見捨てるわけにはいかない。

「丹波。しっかり見張っておけよ」

「承知しております」

 しかも監視を強化するつもりだ。

 マジで殴りたい。

 そう思っていると、先ほどと同じ選択肢が出てきた。

 殴るか、留まるか。

「動かなければならないんだったら」

 慧は躊躇わずに殴るという選択肢を押していた。すると画面がぶんっと手振れしたかのように揺れる。

「ぐっ」

「止せ、石見!」

 翔は慧が予想している以上に身体能力が高かった。殴られた司門が吹っ飛ばされている。さらに止めようとした丹波を頭突きで排除。

 いやはや、ここまで出来るんだったら今までよく我慢していたなと、ゲームであることを忘れて、翔の忍耐強さを褒めてしまう。

 そして、そりゃあ、厳重に拘束されるよなと、仰々しいまでの拘束具にも納得だ。ただの天才科学者青年というだけではない。

「っつ」

 この瞬間しかない。

 翔は腹を括って部屋の外に出た。しかし、歩幅が制限されているのは辛い。ゆっくりとしか進めない。

 足枷によって一定幅に固定され――しかもそれは短い鎖で繋がれていて、僅かにしか動かないほど――自由な動きがほぼ出来ないのだ。自然と怪我をしたかのような足取りになって、なかなか前に進めない。

「くそっ。どっちに進めばいいんだ」

 さらに翔は、ここの正確な情報を持っていないらしい。

 ああ、やっぱり最初のだらだらとした画面を暗記していなければならなかったのかと、慧もうんざりだ。そして案の定、選択肢画面が現れる。

 ついに脱出ゲームの本番だ。

 丁度部屋を出てすぐの曲がり角。右に行くか左に行くか。慧はどっちだったけと悩むも、残念ながら全く解らない。

「こうなりゃ適当だ」

 ゲームオーバーというのがあるかは知らないが、そうなったら次こそ最初の画面を真剣に見ていればいい。慧は気分で左を選択した。

「ともかく、こっちに行くか」

 左へと曲がる翔は不安そうだ。

 慧だって不安だ。間違っていたらどうしようか。

 たまに、シミュレーション系のゲームでバッドエンドがえげつないことがあるが、そんなのだったらどうしよう。

 司門に拷問される映像に切り替わったらと考えると、翔に申し訳ない気分になる。

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