第11話 熊野司門

「だが、ここの研究の根幹は君の理論に依るんだぞ。太陽を使っての永久機関の確率。これにより、人類はエネルギー不足の問題から解放される。それだけではない。未だ天候に左右される農作物に関しても、君の理論で解決されるんだぞ。それどころか、気候さえも操れるようになる」

「そんなものは夢物語だ。あれは地球への影響を一切考えていないものだ。シミュレーションしてみれば解る。あれは人類の助けどころか、破滅を導くものだ」

「やれやれ」

 会話は完全な平行線を辿っている。

 それにしても、やはり壮大な話だ。

 どうやら翔は、とんでもない理論を打ち立てたらしい。永久機関の確立なんて、どう足掻いても不可能なことのはずだ。それは熱力学によって証明されている。

 しかし、人類はいつでも、永遠にエネルギーの減らない電池やエンジンを求めてしまう。エネルギーを減らすことなく循環させることが出来ればと夢見てしまうものだ。

「太陽の利用ねえ」

 太陽とて永遠ではないが、当面の間、エネルギー切れになることはない。それを最大限に利用しようということか。確かに、もしもそれが可能になれば、人類が必要な電力を賄うには十分だろう。

 そして、その莫大な利益に軍隊が食いついた。それでこんなにも厳重に拘束されているわけだ。他に漏れてはならない。だから逃げられないようにしている。そういうことだろう。

「まあいい。今日は君と言い合いをしに来たわけではない。会いたいと言っている人がいてね」

「また軍のお偉いさんか」

「そういうことだ」

 そこで丹波が中に入って来る。昨日はビジュアルが全く解らなかったが、背の高い、若い男だった。精悍な顔が印象的だ。そして当然、この人物も軍服を纏っていた。しかも胸には褒章のバッヂがある。丹波自身もかなり上の階級のようだ。

「やあ」

 そこにのんびりとした声が割って入って来た。

「えっ」

これが客なのかと、慧は呆気に取られた。

なんと、相手は翔と同じくらいか、それよりも若い男だった。軍のお偉いさんという言葉にはそぐわない人物。それどころか、彼は軍服を着ていなかった。翔と同じく、ラフな格好をしている。

熊野司門くまのしもん

 しかし、翔はこの人物を知っているらしい。忌々しそうにその名前を呼んだ。熊野司門と呼ばれた少年は、そんな声にもにっこりと笑う。

 随分と度胸が据わっているなと、慧は翔と同じく嫌な気分になっていた。

 こいつはどうやら面倒臭そうだ。

「まあまあ。久々の再会なのに、そんな顔をしなくていいだろ」

「どういう顔をしろと。お前が俺の論文をこいつらに売った。そうだろ?」

「売ったとは酷い。正しく活用してくれるところに持ち込んだ、と言ってもらいたいな」

 なるほど。こいつが原因で翔は捕まったのか。

 腹が立って当然と、慧も一緒にムカムカとしていた。

 なんか、いちいち癇に触る。

 そんな司門は翔の気持ちにお構いなしに近づいてくる。

 と、そこで選択画面が現れた。

 これがゲームだと忘れかけていた慧は、ちょっとびっくりしてしまう。つい映画を見ている気分になっていた。

「どっちか選ばないといけないんだよな」

 司門を倒すかどうかという選択肢だ。殴るか留まるかの二者択一。つまり暴れて騒ぎを起こすか起こさないか。

 隣に丹波がいる状況で、果たして殴ったくらいで逃げることに役立つのか。慧は腕を組んで悩んでしまう。

「これ、難しいな」

 気持ちとしては、もちろん殴りたい。というか、ゲームというのを忘れてイライラさせられた。司門の顔が翔に負けず劣らずのイケメンであることも、むかっ腹が立つ要因だろう。

 しかし、横には丹波。これをどうするかだ。

 ただでさえ、厳重に拘束されている。これ以上身動きができなくのは、脱出を考えると困る。今でも走ることさえ出来ないのだ。何とか動ける箇所を多く保ちたい。

 そう、脱出することを第一に考えなくては。

「冷静に、司門とは話し合いだな」

 そちらの選択肢を押すと、画面が動き出した。翔はイライラとしつつも、司門を睨み付けるだけで動かない。

「そうそう。話はちゃんと聞くべきだよ。俺は翔の不利になるようなことはしたくないんだ。こうなったのは、翔が駄々をこねるからだろ」

 いやあ、素晴らしいまでに腹が立つ。

 慧はやっぱり殴っておくんだったと後悔する。どうして翔ばかりが我慢を強いられるんだと、憤慨してしまった。

「で、用件は?」

 翔はぶっきらぼうに訊く。さっさと会話を終わらせたい、それがありありと解った。

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