第10話 振り回される
「おっ。朝から頑張っているな」
そこに相川がのんびりとやって来た。
勉強を始めて二時間後。九時半だ。教授は重役出勤でもいいわけか。
全く以て羨ましい。
「彼、思ったよりも出来ますよ。これならば問題ないです」
そんな相川に、彩乃がそう報告する。
全くダメですと報告されなくて良かったと、慧はまだ心配していたから、ほっと息を吐き出す。
取り敢えず、今日の部分はクリア出来たようだ。
「そうか。それは良かった。うちの研究室でも問題ないレベルかな?」
「おそらく。これからコンピュータ系に移るので、その出来具合によりますが。理解力は高いので大丈夫でしょう」
そうか。人工知能だからプログラミングが出来なければいけないのかと、今更ながら気づく慧だ。
これは、ちょっと心配になる。パソコンなんて、ほぼゲームでしか開かない。後は大学のレポートを作るためにワードを開くくらいだ。専門的なことは何も知らない。
「ああ、その点は俺も心配していない。大丈夫だろう。ゲームが出来るんだし」
相川は、そんなずれたことを言って同意してくれる。
だから、慧は首をぶんぶんと横に振っていた。
出来ないことはちゃんと主張しておかないと、後が怖い。それが昨日から今朝までで学習したことだ。
「ええ? そうなのか。ああ、ゲームはどう?」
相川は慧の主張を聞き流すかのように、ゲームのことを訊いてくる。変人の異名は伊達ではない。
将来の進路を餌にしているんだから、そのへんも大事にしてくれよな!
そう文句を言いたいが、言ったところで無駄だろう。それよりもゲームだ。
「面白いですよ。でも、選択画面がなかなか出て来なくて、ちょっと暇ですけど」
不満をぶつけようとして、ようやくパソコンを点けっ放しだったことを思い出した。しかし今頃、パソコンはスリープ状態になっているだろうから、それは問題ない。が、どこまで進んだのか、確認するのを忘れてしまった。
ということで、どうやって一旦中断するためのセーブをするのか、この機会に訊くことになる。
「セーブ・・・・・・そんなものはないね。中断したい場合はF7を押せばいいんだよ。再開する時も同じだ」
「はあ」
つまり、ROMを抜くなってことだなと、慧は納得した。
ダウンロードの画面は出なかったから、あのROM自体に選択したものも書き込まれていく仕組みらしい。それでセーブが要らないというわけだ。ということは、やり直しも不可能ということか。
「そうそう。最後までいくとリセットされるんだ。さすがはゲームに詳しいだけある。ちゃんと特性を理解しているじゃないか」
慧がそういうことかと確認したら、そんな、たぶん誉め言葉だと信じたい言葉を貰うことになった。
いやいや、常識だろ。
詳しくなくても、何度かゲームをやったことのある奴ならば気づくぞ。しかも途中セーブが出来ない、やり直しは最後まで不可なんて、一昔前のゲームじゃないか!
いや、一昔前のゲームだって、強制リセットすればやり直せたぞ!!
あんたのゲーム、強制リセットしたらゲームの内容ごと飛んじゃうだろ。
ゲームはしっかり作り込んでいるくせに、そういうところがルーズなのは、やはり普段はゲームをしないからだろうか。
相川の考えていることは、こちらにはさっぱり読めなかった。
「ゲームと言えば、あの設定って近未来ですよね」
「そうそう。SFの方が、俺には馴染みがあるからさ。本当は宇宙空間からの脱出みたいなのが良かったんだけど、それはボツになってしまった」
へへっと相川は笑うが、彩乃は難しい顔をしていた。
開発にあたって何かあったなと思うも、藪蛇になりそうだったので聞かないでおく。
「内容的な質問は他には?」
「いえ、まだスタートしかやっていないので」
「そう。解らないことがあったら、いつでも質問してくれ」
相川はそれ以上訊ねることはなく、自分のパソコンに向かってしまった。
自由気ままだ。それほど気になっていないのだろうか。褒める暇さえなかった。
「終わったら報告すればいいわよ」
慧の落胆を見て取った彩乃がそうアドバイスしてくれる。が、お前の作ったものだろ、と何とももやもやした気分が残るのだった。
「さて、ゲームはどうなったのかな」
相川との会話は不満の残る感じで終わったなと思いつつも、ゲームは気になる。
悔しいかな、かなりツボにはまった。
それに最後までいかないとリセットされないのだから、進めるに越したことはな い。そう、やるしかないのだ。
これも総ては将来安泰のためだ、という言い訳も浮かんでくる。
パソコンのスリープを解くと、再び画面は翔の部屋に切り替わっていた。やはりこいつを動かすゲームらしい。
その翔はまた、何やら難しい専門書に目を通していた。たぶん、太陽光の利用に関することだろう。
「駄目だ。他の方法が見つからない」
翔の疲れた呟きが聞こえてくる。太陽光利用に関して何か悩み事らしい。
とはいえ、まだ具体的になにがどうなっているのか解らないため、他の方法と言われても意味不明だ。
「どうだ? 諦めがついたか」
そこにタイミングを見計らっていたような声がした。丹波だ。
「諦めるものか」
それに対し、先ほどの疲れた声とは違う、攻撃的な声で翔が答えた。
ううん。二日目だというのに、このリアリティには感心させられる。まるで傍で会話を聞いているかのようだ。
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