第7話 引き込まれる

 これが相川だったら、しっくり納得できる。

 年齢的にもそうだし、教授という立場もある。それに、今流行りの人工知能の研究者だ。

 まあ、SFにありがちな展開ということだろうか。若手天才科学者が、利益団体か政府の何かに反対、みたいな。

 このままでは、俺の研究は人類を滅ぼす手伝いをしてしまうことになる! みたいな感じか。

「あとは実行に移すだけだが、他にも捕らえられている奴がいる。そいつらを助けなければ、結局同じだ」

「へえ」

 解説がてら呟いてくれる翔の言葉に、随分と凝ったゲームだと、慧は声を上げていた。

 すると、翔がこちらを向いた。

 その目に見つめられた気がして、思わず息を飲む。

 もちろん、そんなことはない。たまたまだ。後ろを振り向いて、今の独り言を聞かれていなかったか、その確認をしただけだろう。

「この妙なリアリティのせいだ」

 ぶつぶつ独り言を言うなんてゲームや小説の定番だけど、何かこう真に迫ったものがあって、引き込まれてしまう。映像や人物のリアルさが、映画を見ているような感覚にさせられるのだ。

 声優をやっているのは誰だろう。明日、相川に確認するか。

 いや、しかしあの男、声優に詳しくないだろうな。ということは、手配したのは別の誰かだろうか。

「そろそろ一時間か」

 と、別のことを考えていたら、翔が呟いた。

 ああ、なるほど。後ろを確認するわけだ。

 先ほどの丹波という奴が、食事を持って来る時間が迫っているか。気になったということらしい。

 部屋には時計がないことから、翔は感覚でしか時間が解らないのだ。そこにも、あの丹波たちの厭らしさが出ている。

 何時間経ったか。あるいは何日経ったか。翔は知る手段を持っていないのだ。

「どうするか」

 そこで初めて選択画面が出てきた。

 選択肢は二つ。

 食事が運ばれてきたタイミングで脱出をするか、今回は見送るか。

「ううん。まだ解らないことだらけだからな。一回様子を見るか」

 慧はそう判断して、今回は見送るをクリックした。

 すると画面が早回しに進む。そして翔の前に、温かいご飯が置かれている。

「ありがとう、常陸ひたちさん」

「いいえ。でも、早くあなたと食卓を囲みたいわ。ねえ、いつになったら頷いてくれるの?」

 食事を運んできたのは丹波ではなかった。しかもこのゲーム初の女性だ。どうやら野郎だらけというわけではないらしい。

「頷くわけないだろ」

 そんな常陸の、声を聴く限りグラマーな美人の誘いをばっさり切って捨てた。

 さすがイケメン。この手のハニートラップには引っ掛からない。

 慧だったらあっさりオッケーだ。

 まあ、こんなところに捕まるような頭脳も容姿もないのだけれど。

「どうして? これはあなたの論文を基にやるのよ。他の誰ものものでもない。あなたの研究を、ここでやる。それだけでしょ、石見博士」

「止めろ」

「あの論文によって、あなたはアメリカで博士号を取得し、凱旋帰国した。計画はあなたの頭の中にあるのよ。そんな天才を、みすみす逃がすわけないでしょ。私たちとあなたは同じものを追い求めている。お仲間のためにも、早く頷くことをお勧めするわ」

 常陸は言いながら、くいっと翔の顎を赤いネイルで彩られた指で持ち上げた。ますます誘惑している。

 ここで翔の視点が動いたことで、初めて常陸の姿が画面に映った。

 長い髪が緩くカーブしていて、やはり胸の大きな美人だった。しかし、着ている服は予想とは大きく異なり、軍服だった。

 ぴたっとタイトなスカートに白衣を想像していただけに、ちょっとがっかりだ。とはいえ、軍服を纏う美女も嫌いじゃない。

「お前らとは違う。俺はこの研究を、いつか人類のために役立てようと思って始めたんだ。こんな無謀な計画のために理論を組み立てたんじゃない」

「若いわね。理想だけじゃどうにもならないのよ。まったく、もう少し早く素直になってくれるかと思っていたのに、まだまだみたいね。仕方ないわ。その意地がどこまで持つか。楽しむとしましょう」

 顔を横に逸らしつつ、翔は自分の考えを訴えようとしたが、常陸があっさりと下がったために終わった。

「これは」

 何だか壮大な話になってきた。

 一体何の研究をしているのやら。

 それにしても、常陸や丹波とは何者なのだろう。今の話からすると研究者のようだったが、その服装はどこか軍隊の制服っぽかった。

 ひょっとしてあれか。未来の日本が舞台で、そこであれこれ厄介事が起こっている。

 ううむ、なかなか凝ったストーリーだ。とすると、この天才青年の役割も大きいのだろう。若すぎても問題ではなさそうだ。

 拙い、粗を探すつもりが、凄く面白く感じている。

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