第6話 石見翔

「そうだ。ちゃんといるようで安心したよ。石見翔いわみしょう

 丹波と呼ばれた男は、中の奴にそう返した。それも、いかにも忌々しそうに。

捕まえている理由に何かありそうだ。そう慧に感じさせるものだった。

「安心も何も、ここからどうやって脱出できるんですか。鉄壁のセキュリティを誇るここから。しかもこの部屋には鉄格子。俺の身体には様々な拘束具。逃げようがないですよね」

 石見翔と呼ばれた男は、くくっと喉を鳴らして笑う。

 相当な悪党なのか。まだ見ぬ翔の姿を、慧はあれこれと想像する。

 しかし、大悪党とこの施設の組み合わせは奇妙だ。廊下の造りから考えて、ここは学校とか研究施設とか、そういうものを連想させる。

「さて、どうかな。君の頭脳をもってすれば、不可能なんてないんじゃないか」

 そこに丹波の嫌味が続く。

 ああなるほど、主人公は天才なわけだ。で、何か不都合が生じで拘束されている。解りやすいストーリーだな。

 慧はペットボトルを引き寄せ、そこに残っていた麦茶を飲みながら思った。

 相川そっくりなのだろうか、この主人公。

 だったら、むちゃくちゃ腹立つんですけど。

「まさか。それより、食事はまだですか。それとも、飢え死にさせるつもりですか?」

「そんなことするものか。死んでしまったら、君の価値はゼロ。何のための拘束だと思っているんだ」

 勝手に続く会話から、ある程度の内容を推測しろということだろうか。プレイヤーを無視して、どんどん話が進んで行く。動くライトノベルみたいなものだと思えばいいが、画面はずっと、鉄格子の嵌ったドアが映っているだけ。

 これは面白くない。

「へえ。俺を利用したいって、まだ思っているんですか?」

「思っているさ。君が根負けするのを、こちらはじっくり待つだけだ。食事はあと一時間もすれば来るよ」

 丹波はそう言ってドアを離れていった。しかし、画面はまだドアの前だ。そして、カメラはすっとその中に入って行く。

「おっ」

 ようやく、主人公様の登場というわけだ。

「やっぱり美形だよなあ」

 姿を現した石見翔は、ゲームにありがちの超がつくイケメンだった。まあ、それは当然だろう。だれも慧のようなダメダメの見た目をした主人公なんて、プレイしたくない。現実が駄目だからこそ、こういうキャラに仮託して仮想空間を楽しむのだ。

 見た目から、年齢は慧と同じくらい、つまり二十歳前後だと思われる。さらさらの髪に、整った目鼻立ち。現実にいたら、確実にアイドルになっているタイプだ。妙にリアリティがあって、実際にいそうと思わせる感じになっているのが小憎たらしい。

 その翔は、先ほどの言葉どおり、電子手錠に足には歩幅を制限するための足枷、さらに首にも小さな機械の付いたチョーカーを付けられていて、厳重に拘束されているのが解る。チョーカーは僅かな怪しい動作でも警報が作動するというところか。

 部屋の中は自由に歩き回れるが、色々と不便そうだ。足枷によって歩幅は制限されるし、手を使える範囲も限られている。

 その部屋の中には机と椅子、そして本棚にベッド。隅には仕切りのないトイレがあった。まさに囚人のいる空間。上の方に窓があるが、それは小さく、さらに鉄格子が嵌っている。丹波が歩いていた距離と階段を降りていたことからからして、ここは地下。窓はぎりぎり地上に出ているということだろう。

「さて」

 翔は首をぽきぽきと鳴らして机に向かうと、本を開き始める。それはどう見ても何かの専門書だ。あまりに細部まで描かれているので、映画を見ている気分になってくる。いつ選択肢は出てくるのだろうと不満だが、面白い。

 どうやら翔は、物理学者か数学者のようだ。見ている専門書には、慧が苦手意識を持つ数式が羅列されている。それを、翔は面白そうに眺めているのだ。

 なるほど、丹波の言うとおり天才だ。あんなもの、慧だったら絶対に面白くない。

「どうやって脱出するかだな。ここにいたら、丹波の言うとおり、根負けしてあいつらに従うしかなくなる。いつ、食事を止められるかもしれないって恐怖もあるしな。でも、従う。それだけは避けなければ。あいつらの計画は狂気の沙汰だ。従うなんてあり得ない。絶対に阻止してやる」

 翔の呟きにより、脱出目的が解った。

 丹波たちがやろうとしていることに反対。しかし天才科学者で利用価値があるため殺すことは出来ない。そこで捕まえられて拘束されているという流れらしい。

 慧の読みは当たっていた。それにしても、狂気の沙汰か。たしかに、翔への拘束の本気具合に狂気は感じ取れる。

 それにしてもこの翔という男。それほど凄いのか。何の計画に巻き込まれているのか知らないが、相手の本気とこの翔という人物が噛み合っていない気がする。若いからだろうか。

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