第5話 ゲームスタート
「おっ、来た」
「おおっ」
入って来た女子に、慧の頭からすぐに悠月が消えた。
こういう現金な奴なのである。だから大事な約束をすっぽかす。
「彼ですか」
「そうそう。君が解析して見つけてくれたゲーム好き。パソコン関係は問題ないと思うから、工学の基礎を叩きこんで」
今、安心できないやり取りがあったなと、慧は書いていた書類に穴を開けそうになる。ボールペンのペン先に恐ろしいまでの力が入ってしまっていた。
こ、この人が俺のツイッターを解析した犯人だって!?
「どうも。修士課程一年の
「は、はい」
ぺこりと頭を下げて自己紹介してきた小宮彩乃は、たしかに相川の言葉に偽りのない、可愛い女子だった。くりくりした目なんて、まさにタイプ。
しかし、しかしだ。彼女は慧のツイッターを解析した犯人でもある。
こんな複雑な感情をどう処理すればいいのか。
顔見知りになる前からプライベート全部を知られている。こんな状態で、素直に鼻の下を伸ばしていられないのは確かだ。
「かなり遅れているから、やることは多いわよ。容赦しないから、覚悟しておいて」
「うっ、はい」
さらに、学力もばっちり知られているわけだ。
やはり、ここは大人しくしておくしかない。下手に下心を持つと、危険な目に遭う。
そう本能が察知した。
「いやあ。今日は素晴らしい日だね」
そんな心中穏やかではない慧を取り残し、相川は晴れやかに笑うのだった。
「まったく、散々な日だったぜ」
一人暮らしの部屋のドアを開けながら、思わずぼやいてしまう。だが、慧は早速渡されたゲームをやってみることにした。
くたくたに疲れていたが、あの変人と名高い相川が作ったもの。普通に興味がある。さらに――
「駄目出し出来るしな」
意趣返しには持ってこいだ。粗を探してズバズバと言ってやる。
ということで、相川の研究室よりかはマシな我が家で、慧は早速、相川から借りたノートパソコンを起動させた。
ノートパソコンは至って普通。あえて言うならば、ゲーム用に使うには、勿体ないほど新しいパソコンだ。集積回路も最新バージョン。さくさくと作動してくれるだろう。
「はあ。俺が普段使っているのなんて、中古の安いヤツなのに」
そんな文句を言いながら、ついでにカップ麺に湯を注ぐ。
晩御飯は安くあげるに限る。貧乏学生の鉄則だ。これは安売りの日に大量買いしたものの一つで、本日は味噌ラーメンである。
これでも大学の講義には真面目に出席しているので、バイトする時間は制限される。そういう事情もあり、さらにゲーム代捻出のためにも、こういうところで節約するに限る。
さて、パソコンも立ち上がり、無事にカップ麺も出来たところで、渡されたROMを読み込ませる。ずるずると麺を啜りながら起動するのを待っていると、急に画面が暗くなった。勝手にゲームが始まったらしい。
「へえ」
ぼんやりと浮かび上がった画像に、思わず感心してしまった。
どこか研究施設を思わせる建物の内部。薄暗く、不気味な雰囲気がリアルに伝わって来た。CG技術を見ると、本職が教授だとは思えない。
「ホラーなのかな」
脱出ゲームとしか聞かされていないが、ひょっとしてゾンビでも出てくるのだろうか。
ずるずるとラーメンを食べつつ、画面が動くのをじっと見るしかない。すると、どんどん建物の奥へと進んでいるのが解った。
これは、主人公の視点なのだろうか。説明が大雑把すぎて、そこからして解らない。
「音声は入っていないのかな」
解らないことだらけだなと、カップを持ち上げてスープを飲みつつ思う。相川がシミュレーションの一言で済ませ、全く説明してくれなかったせいだ。しかし、よく聞いていると、こつこつと革靴で歩くような音がしている。
どうやらラーメンを食べる音が煩かっただけらしい。ちゃんと音声は付いている。
「それにしても」
歩く画像はもうちょっと短くてよくないか。無駄なリアリティの追求だなと思う。
曲がったり廊下を進んだり、階段を降りたり。十分くらいはあっただろうか。するとようやく、どこかに到着した。
画面に映し出されているのは部屋のドアの前だ。しかし、それは不自然に小さな窓と鉄格子のある部屋。
「ひょっとして、ここから脱出とか」
いやいや無理でしょ、と現実的な頭が働いてしまう。
明らかに厳重そうだ。ひょっとして今まで見せられていたのは、脱出ルートなのか。そんなもの、説明されていないのに暗記しているわけがない。
「その足音、
「おっ、生意気にもちゃんとした声優を使っているな」
急に会話が始まったわけだが、気になるのはそのクリアな声だ。明らかに人が吹き込んでいる。
副産物とか言っていた割に、そのうち売り出そうとか企んでいるのだろう。相川の本気が、こんなところからも読み取れる。
にしても、主人公は男か。面白くない。
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