第4話 最悪の教授だ!
「じゃあ、取引成立だね。ゲームはこれ」
相川はにこにこと、一枚のCD―ROMを手渡してくる。さすが研究室で作られたことはある。真っ白なROMだ。ゲームのキャラが描かれたパッケージなんてものもなく、味も素っ気もない。
「どういうゲームなんですか?」
ROMだけ渡されても、内容が解らなければ困ると訴えた。すると、相川は意外そうな顔をする。
「えっ? ゲームってやるまで解らないものじゃないの?」
「いや。ある程度の事前情報はありますよ。RPGなのか、バトルものなのかっていうのはパッケージに記載されていますし、内容はキャラクターの格好で推測できるっていうか。これ、やる前に説明画面とかありますか」
「ないねえ」
凄く不安になる。
この相川、副産物としてゲームを生み出した割には、ゲームのあれこれを知らないらしい。
じゃあ、どうして副産物としてゲームが生まれたんだ?
何をどうやればゲームになるんだ?
謎が謎を呼ぶ。
「あっ、今、馬鹿にしただろ。今から口頭で説明すれば問題ないじゃないか。それはまあ、シミュレーションゲームみたいなもんだ」
「ほう」
RPGでもないのか、いや、そういう詳しいことは聞かない方が無難だろう。取り敢えず、ゲームとしては成り立っているものらしい。
「選択肢が出てくるから、最適だと思う方を選ぶだけ。簡単だろ?」
「ええ。そうですね」
たしかにシミュレーションゲームだ。ということは恋愛ゲームだろうか。
相川のことだから、キラキラした恋愛なんだろうな。彼女を作るのに苦労したことのない顔立ちだ。
そんなことを思いつつ質問すると、相川に即否定された。
「いや。脱出ゲーム」
「――」
どうして脱出ゲームで選択肢を選ぶだけなんだと、不安が再び襲ってくる。
そういうものの場合、バトル要素がメインになるんじゃないのか? シミュレーションゲームじゃないだろ! ひょっとして推理ゲームか?
するとすかさず相川が
「年収六百万は固いかな」
と囁いてくる。
都合が悪くなると、すぐにこれだ。進路を人質にやらせようというせこい作戦だ。ただ単に説明できないだけなのに!
「や、やりますよ。もちろん」
しかし、慧はその脅しに屈するしかないのだ。
くそう、学生の将来を盾に取って脅してくるって、最悪の教授だ。
慧は二度と身バレするようなツイッターなんてやるものかと心に誓う。
というか、セキュリティはどうなっているんだ。
「家でやればいいんですか?」
「ああ。見てわかる通り、ここにやるスペースなんてないからな。そのパソコンは研究で使うし。あっ、でも、安心してくれ。ノートパソコンは貸してあげよう。これを好きなだけ使っていいから。君の勉強を邪魔しては本末転倒だしね」
「はあ、どうも」
こうして、どうやら新品らしいノートパソコンを受け取ることになった。箱に入っているから、どういうものかは解らないが、国内メーカーのものだ。
それにしても、何だかどっと疲れる。相川の相手をしているのは、悠月の相手をしているよりも神経を擦り減らす。しかし、将来安泰と引き換えだ。この程度の苦労はしておくべきだろう。
「じゃあ、今から必要な書類を書くのと、遅れている分の勉強ね」
「げっ」
「言っただろ。一日休み扱いにするって」
「――」
今からゲームをやるんじゃないのか。
ああ、あそこから全部仕組まれていたのかと、当たり前の事実に気づいて慧はがっくり項垂れる。
せっかく眠たい講義から逃れてゲーム三昧だと思ったのに、世の中はそんなに甘くなかった。
「ああ、そうそう。彼女を呼ばないと」
しかし、相川の次の呟きで復活するのだから現金なものだ。ガバッと顔を上げてしまう。
可愛い大学院生。
ちょっと期待してしまう。
「やって来る間に、これにサイン」
「はい」
相川から渡された書類は、学部変更に必要な書類だ。しかもそこに、はっきりと自分の名前と、理学部生物学科と書かれていることに気づく。
やはり嵌められた。こいつ、俺が理学部だってことも知ってやがった。そのうえですっ呆けやがったんだ。
「まあ、未練はないけどね」
未練があるとすれば、悠月くらいか。大体、大学は幼馴染みである悠月の進路を選んだだけだ。自主的に選ぶということを高校の時もしていない慧は、迷うことなく悠月と同じにしたというだけだ。一応、成績は優秀な方だったから、悠月と同じ進路を取るのは難しいことではなかった。
しかし、動物は好きだが研究したいとまでは思っていない。悠月との動物園に行く約束をすっぽかすくらいだから、動物好きも一般的な感情でしかない。
しかも大学に入ってみたら、得意だったはずの数学に、見事に足を取られる有様だ。大学の数学は高校までの数学と全然違った。異次元とはこういう時に使うのだなと、妙な感心をしてしまったほどだ。
さらに実験、専門用語の難しさと予想外なことに襲われ続け、気づけば落ちこぼれとなっていた。生物学に必要なデッサンも出来ないとなれば、重症である。いつしか悠月におんぶにだっこ状態。自力でテストを解くことをあっさりと諦めて、悠月が作ってくれたカンニングペーパーの世話になっている有様だった。
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