第3話 取引成立

「はいはい。何かな?」

 質問を質問で返すなよ、あんた教授だろ。

 というツッコミは呑み込み、慧は改めて質問に入る。

「あのですね。どうして俺に用事があるんですか。というか、そもそも俺、工学部じゃないんですけど、どうして先生は俺の名前を知っているんですか?」

 そう言うと、相川はきょとんとした顔をした。

「あれ、工学部だと思ってた」

「落ちこぼれですけど、これでも一応、理学部です。一応」

 悲しいかな。一応と付けなければならないほどの、いや、一応を強調しなければならないほどの落ちこぼれだ。

 自覚しているというのがさらに悲しさを強調するが、事実からは逃げられない。

 だが、同時に工学部に間違えられる要素もない。数学も物理も破滅的に成績が悪い。

「よし。学部変更だな」

「いやいや。なに勝手に――」

 一応を付けなきゃいけないけれども、変わる謂れはないんですけど。慧はおおいに焦ったが

「今なら俺の研究室に、漏れなく所属できます」

「変更します!」

 相川の一言に即、決心。

 何の信条もないとはこのことだ。

 どうせ、どの動物を研究したいか。具体的なプランがあったわけでもないし。

 悠月とのケンカを思い出し、思わずやさぐれそうになるが、予想外のところから幸運が転がり込んできたのだから、ラッキーと捉えよう。

「よく言った」

 慧が迷わず頷いたところで、取引成立。相川はにまにまと笑いながら、どこかに素早くスマホでメールを打った。

「よし。これで今から君はうちの学生ってことで。問題ないよな」

「ま、まあ、問題はないんでしょうねえ」

 いいのかなと、ここで思わなくもない。しかし、このままでは四年になれても卒業できないという懸念があっただけに、ここで相川に恩を売っておくのも悪くない。

 留年回避、卒業の遅れを発生させないためならば、理学部から工学部になることなんて、もはやなんの障害にもならなかった。そもそも、またここに戻ってしまうが、悠月に小言を垂れられていたように、将来なんて真剣に考えていなかったのだ。

「それでだね。君にはここで開発したゲームにチャレンジしてもらいたいんだよ」

「は?」

 あれ、ここでゲームなんて開発していたっけと、慧は記憶を辿る。たしか相川の研究分野は人工知能のはずだが。

「そうだよ。人工知能。ゲームはまあ、副産物ってところかな」

「はあ」

 どうして副産物でゲームが出来上がるのか。詳しくない慧にはさっぱりだ。そして相川は、その過程を教えてくれるつもりはないらしい。

「でね。出来たからには誰かにやってもらうべきだと思うんだよね」

 すぐに話題がゲームに向ってしまう。

「まあ、完成しているなら、テストしたいっすねえ」

「だろ? そこで、ゲームに詳しそうな学生を探していたんだ。で」

 そこで相川が慧を指差す。

「俺ってことですか。でも、ゲームが好きなんて、誰かに言った覚えはないけど」

「そんなの、君のツイッターを解析すれば一発だ」

 今、とんでもない一言を聞いたような、と慧は顔を青くする。

 家に帰ったら速攻でツイッターのアカウントを変えよう。あと、趣味に関するツイートをするアカウントと、大学のことを書くアカウントを分けよう。

 どこで誰が見ているか解らないネット。その怖さを今、肌で実感した。勝手に分析されているなんて怖すぎる!

「というわけで、最近のゲームに不満もあるようだし、どう? 俺が作ったゲームをやってみないか?」

「どうって、やるしかないんですよね」

「まあね。理系卒業なのに営業をやりたくないなら」

 この人、とんでもない脅しをかけてきたぞと、慧の顔が引き攣る。

 当然のように、成績も把握されているわけだ。

 しかも研究職は無理、営業しかないって断言するな。まあ、事務作業に向いていない自覚はあるのだが、将来を見通されているのが腹立つ。

 俺にだって、きっと何か、隠れた才能があるはずだ。

 まだ眠っているだけだ。

 そう信じたい。

 なさそうだけど。

「うちだったら、大学院までは確実に面倒を見てあげるよ。今、人工知能は引く手あまただし、奨学金も受けやすい。お金の心配なく、四年終わった後も、あと二年は大学にいれるよ。人工知能と相性がいいようだったら、博士課程までいればいいし。それでも、人工知能を専門にしているのならば就職先はある。いいこと尽くめだろ」

「うっ」

「ついでに君の勉強にフォローを付けよう。これで院試もばっちり。先生は可愛い女子大学院生」

「おっ、お願いします」

 退路を完全に断たれた上に、大量のおまけを付けられ、慧は相川の言いなりになるより他ない。

 それにやばい取引ではない。大学教授が開発したゲームをやるだけだ。これほど楽なことはない。

 しかも可愛い女子大学院生だと。

 今まで親しい女子は悠月しかいなかった慧には、これほど嬉しい単語はない。

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