第68話 エピローグ2

レンに宇宙電話が掛かってきたよ……珍しい相手、福羽ふくば小春こはる博士から」

 レンの乗る小型宇宙船のナビ画面に映っているデフォルメされたステラが言った。


「ステラ、繋いでくれ」

「分かったわ」


 福羽ふくば小春こはる博士は、レンの同窓生、古都華ことかの母であり、同時にVRシステムとステラプログラムを開発しているVR開発会社、Epice &Co.エピスアンドコーの社長である。


 宇宙船のナビ画面からステラの姿が消えて、小春こはるの姿が映し出された。


「お久しぶりです。古都華ことかのお母さん、いえ、小春こはる博士」

 レンかしこまりながら言った。


レン君、久しぶりね。と言っても、宇宙パトロール隊員になってから何度もあなたには色々とお願いしているから、あなたにとって私からの電話は、あまり嬉しい事ではないでしょうけど……ね」

 小春こはるは含みを感じさせる笑みを浮かべながら言った。


 レンは、宇宙パトロール隊員になってから古都華ことかに母、小春こはるを紹介された。


 付き合ってる訳でもない上に、卒業後は連絡を取っていなかった古都華ことかから突然連絡が来て、しかもいきなり親を紹介されて、当時のレンは、激しく動揺したのだった。


 しかし、レンはすぐに小春こはるの本心を知る事になる。


 小春こはるEpice &Co.エピスアンドコーの社長として、そしてエピスシステムの開発者として、政府内の一部しか知らない極秘事項を幾つも知っている人物だったのだ。


 故に小春こはるは、宇宙政府の内部に人々が知らない謎が多く隠匿されている事を知った。


 しかし、あくまで民間人であり、更に有名人となっていた小春こはるには、表立って調査をする事は出来なかった。


 そこで宇宙パトロール隊員となったレンに目を付けたのだった。


 レン小春こはるから、今まで存在さえ知らなかった世界の事実を、知る事となったのだ。


 レン小春こはるの依頼によって、非番の日に小春の用意した宇宙船に乗り、あるいはパトロール中に小春こはるに指定された場所に行き、秘密調査員として様々な調査を行ってきた。


 その記録はステラによって改竄かいざんされ、公式には残らない。

 レンは表向きは、普通にただの宇宙パトロール隊員だった。


 レンの調査員としての活動は、当時まだ結婚前だったミオには内緒にしていた。


 連絡を取れない状態でしょっちゅうどこかに出かけるレンに不審を抱いたミオに問い詰められて、結局全てを話す事になった。


 レンの活動はミオの知る事とはなったが、二人の結婚を機に小春こはるレンへの依頼は控える様になったのだった。


 しかし今、小春こはるからレンに連絡があったという事は、何かどうしようもない事態が起きたと言う事なのだろうか……レンはそう感じていた。


「大丈夫ですよ。僕で良ければ、いつでも言って下さい。それで、今度は何かあったんですか?」

 レンは聞いた。


「ええ。レン君、かつての第五地球フィフスアースがあった空域が、今どうなっているかは知っているわよね?」


 小春こはるが悪戯っぽい笑みを浮かべて言う。

 小春こはる先生の授業をちゃんと聞いていたレン君なら分かるわよね?と言う笑みである。


「分かってますよ。第五地球フィフスアースは星暦0046年、地球艦隊アーセンフリートとホランテーゼ帝国の艦隊、ホランテーゼ艦隊との戦闘の際、帝国側の最終兵器によって消滅した……と言う話でしたよね」


「その通りよ」

 小春こはるは合格、と言わんばかりに頷いた。


「その時まだエピス絶対防衛システムは完成していなかった……その年の暮れに完成したエピス絶対防衛システムによって、つまりはステラによって、第一地球オリジンアースから第四地球フォースアースは今も完全に守られている……と言う訳ですよね」


「ええ。歴史にifは無いけれど、完成がもう少し早ければ第五地球フィフスアースを守れたかも知れないのが悔やまれるわ」


「はい。そして、星歴0050年、地球連合アーセンユニオンとホランテーゼ帝国との戦いは、ホランデーゼ帝国皇帝カリー・ヴルストの乗る旗艦アイスバインを沈め、民主派代表シュニッツェルが革命を起こしてホランテーゼ共和国となった事によって終結した……と言う事ですね。星暦0085年の今でも、教科書にはまだ載っていない事実ですが……」


「その通りよ。エピス絶対防衛システムの完成後、第三地球サードアース地球連合アーセンユニオンのシェルター惑星として、要人の家族達を匿う為の惑星に指定されていたのよ。そして結果的に、敵にも味方にもその存在を秘匿され、歴史からは姿を消したのよ」

「この先、第三地球サードアースの人々が宇宙の真実を知る事はあるのでしょうか……」


「今もそれは議論が続いているわ。第一地球オリジンアースの偉いさん達は、もう戦争は終わったのだから全ての事実を明らかにするべきだと主張する革新派と、これまで通り秘匿するべきだと言う保守派に別れて議論が進まないのが現状だけどね。でも、今となっては、宇宙公務員や宇宙政府に関わる人ならある程度の知識を持っているから、近い内に、一般にもある程度の情報公開まではされて行くと言う流れは変えられないと思うわね」


「そうですか……宇宙パトロール隊員になって最初の書類は今聞いた話を外部に漏らさない事を誓う署名でした……それが無くなる日が早く来ると良いですね」


「私が全部バラしちゃおうか?」

 ステラが突然割り込んできた。


「それはダメですよステラさん!」

 慌ててレンが止めに入る。


「残念ながら、ステラでもそれは出来ないのよ。何故ならこの、第三地球サードアース上で情報を完全統括して真実を隠匿するセキュリティプログラムは、ステラを作った人によってプログラムされているから、ステラ自身でも解除できない様に作られているの……」


「そうなんだーぷー」

 ステラは膨れっ面している。


小春こはるさん、確かそれが、『電脳クロニクル計劃けいかく』と言う名の極秘プロジェクトでしたね」

 レンは真顔になって言う。


「ええ、そうよ」


 かつてのレンPTパーティメンバー、ハルことしい香信こうしんレンにその名を語った事があった。


——電脳クロニクル計劃


 しかし、ハルはまるでその時の記憶を無くしてしまったかの様に、その後一切その事を口にする事は無かった。


 レンは大人になってから一度、第三地球サードアースしい香信こうしんが経営するバー、『グラン・ブルー』に直接行った事がある。

 しかし、そこで直接椎しい香信こうしんに聞いても、やはり電脳クロニクル計劃の事は思い出せない様だった。


「彼には悪い事をしたと思っているわ……あの時も彼、私の頼みで動いてくれていたの……まさか記憶を消されるとは思わなかったわ……」


 ナビ画面の向こうで小春は、煙草たばこに火をつけて一息吸った。

 その頃はしい香信こうしん小春こはるの手足となって調査を行なっていたのだ。


「電脳クロニクル計劃……本当にただそれだけの計劃だったのでしょうか……どうも僕は何か他にもある様な気がしてなりません……」


 レンは声を落として言う。

 この会話はステラによって、外部には一切漏れる心配は無い。

 しかし、それでも気になってしまう。


「分からないわ……それにレン君はもう、自分一人の身体じゃ無いんだから、あまり無理はしちゃダメよ」

 小春こはるは煙草を灰皿に押しつけて火を消した。

 ジュッ……と音がして煙が立ち昇る。


「それは小春こはるさんも一緒ですよ。小春こはるさんに何かあったら、古都華ことかが悲しみます」


「そうね……でも、古都華ことかにはずっと言い続けているわ……あれは古都華ことかが五歳の時よ……当時エピスシステムを開発していたのは私の夫、福羽ふくば天王あまおうだった。そして夫は、エピスシステムの完成直前にVRシステムにダイブしたまま行方不明になった……今も身体は生きているけど、夫はまだ帰らないのよ」


「はい。初めて聞いた時は、衝撃でした」


古都華ことかはずっと、いつか父親を探しに行くんだって言っていたの。だから私はザラートワールドを開発した。あれは仮想世界のエピスシステムに慣れる為に敢えてゲームと言う形にして、小さな仮想世界を安全にした状態で体験出来るシュミレーターでもあるのよ。……まあ、実際にゲームとして売ったら結構儲かっちゃったから最初の目的はどうでも良くなっているけどね」


「まさか、ザラートワールドが最初はただ古都華ことかの為だけに作られた物だなんて……初めて聞いた時はそれも衝撃でした」


「この事は内緒よ。もう古都華ことかも一人で父を探しに行くとは言わなくなったし、あの子も結婚が控えているしね」


 レンは、古都華ことかに近々、じんと婚約すると聞いている。


 古都華ことか達にも幸せになって欲しい……そうレンは願ってやまないのだ。


「ところでレン君、そろそろ本題に入りましょうか」

 小春こはるは姿勢を正した。

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