第43話 会議室

 会議室には、市倉いちくら 鈴音すすねの他に、アニメーションパート監督の白洲しらす ひびき、キャラクターデザイン兼

総作画監督の霧島きりしま あかねアシスタントAプロデューサーP能登のと 遊穂ゆうほ、制作進行の枸橘からたち 八朔はっさく、そして、ゲームプランナーのふじ みのるがいた。


「こんな感じのシーンをお願いしたいと思っています」



「分かりました。ではこれからよろしくお願いします


 新作ゲームの打ち合わせは無事に終わった。


 プランナーの藤稔が新作ゲームの内容を説明し、方向性の擦り合わせを行い、キャラクターデザインとシナリオの確認をした所で今日の打ち合わせは終わった。


 藤稔は『もふもふオンライン』という大規模オンラインゲームの開発者として世界的に有名なゲームプランナーである。


 そんな藤が突然、もふもふオンラインの開発スタッフを降りると発表があった。


 藤は独立して小規模なスタジオを立ち上げ、新たに乙女ゲームを作ると宣言したのだ。


 そして、そのゲームのアニメーションパートを、鈴音の会社に依頼すると発表された。


 鈴音は先月末に突然会社から連絡があり、メインスタッフの中に鈴音の名前も入ると伝えられた。


 キャラクターデザイン兼総作画監督の霧島きりしま あかねたっての希望とのことだったさ。


 鈴音はスタジオに席を置いてはいるが、正社員というわけでは無い。あくまで仕事を紹介してもらう立場という契約になっている為、嫌なら断る事も出来るのだが、この話はむしろ、鈴音にとっては願っても無い話だった。


 鈴音はアニメーターにとして、既に何年かのキャリアを積んではいたがまだ大きな仕事は手がけてはいなかった。

 加えて、乙女ゲームが好きで、新作は毎回チェックする様な乙女ゲーマーである鈴音にとっては、こちらからお願いしてでもやりたい仕事なのである。

 

 今日の打ち合わせは、顔合わせを兼ねての簡単な打ち合わせのみで、ただ監督とプランナーの話を聞くだけであったが、鈴音は終始緊張していて監督と藤の話を聞いていたのだった。


 

 そんな会議が終わり、監督たちがぞろぞろと会議室を後にして行く。


 鈴音も一緒に出ようとした。

 その時だった。


「市倉さん、ちょっと」

 鈴音はプランナーの藤に呼び止められ、振り向く。


「はい、な、なんでしょう……」


 若干緊張気味に答える鈴音。


 相手は超が付く大手ゲーム会社の人気プランナーである。


 鈴音にとっては雲の上の人であり、そして今日が初対面。

 話しかけられる理由が見当たらない。


 私、何か悪い事でもしでかしてしまった?


 焦る鈴音てあったが、藤から発せられたのは予想外の言葉であった。


「市倉さん、確か、ザラートワールドをプレイしていると聞きましたが……?あってますか?」


「え?あ、はい。やってます……」


「良かった。実は私もザラセンなんです」


 ザラセン……とは、『ザラートワールドの戦士達』の略であり、ザラートワールドオンラインのプレイヤー同士でお互いプレイヤーの事を呼ぶ時の愛称である。


「あ、藤さんもザラセンだったんですか」


 鈴音は、藤が同じゲームのプレイヤーと聞いたら、先程までは雲の上の神クリエイターだった藤が急に身近な人に思えて来た。


 ザラセン同士の、プレイヤーの絆は強い。


 ゲーム内で直接PTパーティを組んだ相手でなくとも、同じ敵を相手に苦戦した記憶や、同じストーリーで涙した記憶が共通の認識としてあるだけで、仲間意識が生まれるのだ。


 知らぬ者同士でも、同じゲームのアイコンをあしらったアクセサリーを付けている人を見かけるだけで、身近に感じたりするのである。


 藤は中年のおじさんであり、鈴音はまだ二十代で歳の差は親子と言っても良い程であったが、既に鈴音は藤に気を許していた。


「ええ、今日はザラートワールドオンラインの時期アップデートに関する重要な発表がC-Tubeであるのですが、そろそろ時間なんですよ」


 藤の言葉に、鈴音は「あっ!」と言って時計を見る。


「本当、もうそんな時間なのね」


 その様子を側で見ていた制作の八朔が、口を出す。


「あの、差し出がましいようですが、もし良かったらその発表、ここで見ていきます?」


「良いの?八朔君」

 鈴音は遠慮がちに聞く。


「ええ、どうせこの会議室は今日はもう使いませんし、このテレビはネット繋がっているから見れますよ。ぜひ見ていって下さい。良いっすよね?」


 八朔はそう言って隣のAP能登に聞く。


「うん、良いよ。社長には私から言っとくね。八朔、セッティングは任せたよ。じゃあごゆっくり」


 能登は軽い口調でそう言って、手のひらをひらひらさせながら会議室を出て行った。


「じゃ、PC立ち上げるんで、適当に座ってちょっと待ってて下さいっす」


「あ、うん、ありがと八朔君」

「すまないね」


 畏まる鈴音と藤に八朔は、

「気にしないで良いっすよ。実は俺も気になってたんすよ……ザラートの発表会」


「え、八朔君もザラセンだったの?」

 驚きを隠せない鈴音。


「いやー、鈴音さんから話を聞いてたらなんかちょっとやってみたくなって、最近始めたばっかりなんすけどね」


「もー、言ってくれれば良かったのにー」


「あ、始まったみたいっすよ」


 PCがC-Tubeの映像を映し出し、壁に備え付けられている真っ白なスクリーンに、プロジェクターから映像が投影された。

 

 慌てて会議室の椅子に座り直し、プロジェクターの映像を食い入るように見つめる3人であった。

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