第39話 トロイの木馬・3

 小春は話を続ける。


「星暦0050年、この年は私と甘王が出会った年でした。まだ高校生だった私は、若干二十歳の天才科学者、福羽甘王博士にどうしても会いたくて、何度も博士の研究室のあるビルに通ったのだけれど、いつも門前払いを食らってました。ですが、その時はやってきました。私が書いて宇宙スペースインターネットに載せた3.1次元に関する論文を地球帝国アーセンパイア政府の人が見つけて、研究室に呼んでくれたのです。研究室で福羽博士と面会する事ができました。私たちは意気投合し、何時間も話し合いました。その5年後に私達は結婚する事になったのです」



 顔を赤らめて馴れ初めを話す小春に、「小春……また話が逸れてるよ……」とステラが小声で言うと、小春はハッとなって咳払いをした。

 

 

 「えー、余談はこれくらいにして、本題に戻りますね。西暦0050年、赤色二号アマランス作戦決行から四年の歳月が経っていました。地球艦隊アーセンフリートとホランテーゼ艦隊の戦いは激化の一途を辿っていました。しかし、ホランテーゼ艦隊が長期の間母星を留守にしている間に、ホランテーゼ帝国内では民主派代表シュニッツェルが革命を起こして代表になったのです。後にカルトッフェル革命と呼ばれる事件です。これにより、ホランテーゼ帝国は壊滅し、ホランテーゼ共和国が誕生したのです。その事実を知ったホランテーゼ皇帝カリー・ヴルストは、大慌てで母艦を反転させて母星に戻ろうとしたのですが、その隙を突いて地球艦隊アーセンフリートは攻撃します。遂にホランテーゼ帝国皇帝カリー・ヴルストの乗る旗艦アイスバインを沈める事に成功したのです。そして、ホランテーゼ共和国とは協定が結ばれ、和平が成立しました。これにより、長きに渡る地球域での宇宙戦争が終結したのです」

 

 

 ぱちぱちぱち……と誰ともなく拍手をする。と、他の科学者も拍手をし始め、やがて化学者達全員が拍手をした。

 

 

「宇宙戦争の終結と共に、地球帝国アーセンパイアも、地球連合アーセンユニオンとその名を改めました。さて、私は大学卒業後甘王の研究室に在籍し、エピスシステムの更なる改良の為に開発を続けていました。星暦0060年には、甘王はエピスガンマを更に進化させた『エピスオメガ』の開発に乗り出します。この年に、甘王と私の間に娘の古都華が生まれました。私は子育てに専念する為に研究室を離れる事となりました」

 

 

 小春はそこで一息ついた。

 甘王を思い出すように天井を見つめた後、再び向き直って話し始めた。


 

「……それから5年が過ぎた星暦0065年、甘王は『エピスオメガ』のテスト中に3.1次元の世界にフルダイブしたまま、行方不明となったのです」



 会議室の科学者達がざわめく。

 福羽甘王の死はニュースで伝えれれた為、3.1次元研究に携わっているものならば誰もが知っている事実である。

 しかし、実際は甘王は死んではおわず、3.1次元に行ったまま行方不明になっていた……と言う事実に驚きを隠しきれない。

 


「甘王はあの日、3.1次元の向こう側に行って帰って来ていません。体は今も病院のベッドの上で、意識を失ったままです。政府はこの事実を公にしない為、甘王は死んだ事にされてしまいました。私は一時抗議しましたが、事実が明るみになれば3.1次元への市民の不安が増すことになる、そうなればエピスシステムの研究そのものができなくなる可能性があると説得されました。甘王を探す為には、研究そのものは続ける必要があったのです。私は政府の決定に、渋々従いました」



 なんという事だ……かわいそうに……など、科学者達は口々に独白している。

 小春は科学者達のざわつきが収まるのを待って、再び話し始めた。

 

 「私は研究室に戻り、再びエピスシステムの開発に参加しました。星暦0070年、甘王の残したエピスオメガを元に、それを民生用に転用した『エピスシグマ』を開発し、完成させました。エピスシステムは元々軍用のシステムですが、エピスシグマは主に社会のインフラやゲーム用途に使われるように設計している為、3.1次元に異次元転移ディメンジョンシフトする事はできません。あくまで専用のヴァーチャル空間を作り出して、そこにダイブできるだけです。このエピスシグマは地球連合アーセンユニオンの各惑星で採用され、現在も使われています」

 

 

 小春は話終え、一息ついた。


 

「ありがとう博士。これがエピスシステムの概要ですね」

 アステルパーム、ネオテーム、アドバンテームの三人のAIが口を揃えて言う。

 

 

「ええ。まとめると、現在使われているのは、軍用システムは天王が開発した『エピスオメガ』で、我々の次元と似て非なる別次元、3.1次元の世界に異次元転移ディメンジョンシフトする事ができ、また、3.1次元からの侵略を防ぐ機構も備えています。これを『エピス絶対防衛システム』と呼んでいます。その後私が開発した『エピスシグマ』は広く民間で使われている、ヴァーチャル空間にフルダイブするシステムです」


「今話題のゲーム、『ザラートワールドオンライン』はエピスシグマで開発されている……という訳ですね」


「ええ、そうです。といっても私はエピスシグマの完成後に研究室を出て独立、 Epice & Co.エピスアンドコーを立ち上げてVRの研究を続けているから、かつての研究室で今、何をしているのか迄は知らないのだけど」


「博士の娘さん、古都華さんがあの仮面の敵アンノウンと会敵した『ザラートワールド』については知っていますか?」


「あれは民間の『ザラートゲームズ』が開発したVRのゲームソフトね。詳しくは知らないけど、民間のシステムはエピスシグマにしか接続できないようになっていると思うわ。3.1次元に接続はできない筈だけど?」


「ところが博士、どうもその辺りが怪しいのです」


「怪しい?」


「ザラートワールドに最近実装された『ヴァシュラン』というコンテンツはご存じですよね」


「もちろん。私の娘はそこでこの仮面の敵アンノウンと会敵したのよ」


「どうやらヴァシュランでは、本体であるザラートワールドとは全く異なるプログラム言語で動いているようなのです。そこのNPC達はかなり知能が高く、まるで本物の人間そっくりな思考パターンなのだそうです。しかも同じ人物は二人といない。そしてNPCなのに死んだら復活できない……というシステムなのだそうです」


「まるで、そこだけ3.1次元を再現したような設定ね。そして、そこであの敵が現れた。確かに怪しいわ……でもあり得ない。VRエリアの特定の場所だけ3.1次元に接続するなんて理論上不可能よ。限りなく3.1次元に近い空間を再現している……というのならば可能かもしれないけど……そもそも誰が、何の為に……?」


「ええ。我々もそれが疑問です。おそらくあの敵は3.1次元の存在から抽出したプログラムに間違いありません。しかし、完全な3.1次元の存在ではなかった。それに、3.1次元人であるホランデーゼ共和国とは今は和平がなされています。何者かが何かを企んでいるにしても、何をしようとしているのかがわかりません……テオネーム、わかるかい?」



 今まで口を揃えて話していた三人のAIだったが、ネオテームのみが口を開いた。

 

「わからない……ゲームにリアリティを持たせようとするのが開発者の意図なのか……それとも誰かの陰謀なのか……アドバンテームはどうだい?」

 

 今度はアドバンテームが話す。

 

「ホランテーゼ共和国側にもそれとなく問い合わせて聞いて見たのだけれど、特に得られる収穫はなかったが、少なくともあちら側からの攻撃ではなさそうだ」


 今度はアステルパームが喋り出した。

 

「二人ともわからないか……仮面これがバグではなく、何者かが送り込んだトロイの木馬ウイルスと言うのは間違いはないのですが、具体的にはよくわかっていないのが現状です。ザラートワールドとヴァシュランに関しては私たちの方でも引き続き調査を続行して行きます。福羽博士とステラも、何かわかったら我々に情報共有をお願いします」


「はーい」


「わかったわ」


 三人のAIに対して、ステラは軽い口調で、小春は神妙にそれぞれ返事を返した。

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