第38話 トロイの木馬・2

 小春は水筒の蓋を開け、お茶を一口飲んだ後、再び話を続けた。



 「星暦0020年の事です。外宇宙に異星人の船を確認し、地球帝国アーセンパイア政府はファーストコンタクトに成功します。その異星人、ザワークラフト星人とのコンタクトは、平和的に行われました。しかしその9年後、ザワークラウト星は突然、消滅しました。そう、昨日までは何事もなかった星が、一夜にしてその宙域から姿を消したのです。後にこの出来事は、ザワークラフト事変として歴史にその名を刻みます。しかし、当時の人々は、何が起こったのかわからずただ驚愕したのです」



 会議室に集まった科学者達は、小春の話に真剣に耳を傾けている。

 『ザワークラフト事変』は、どの地球の歴史の教科書にも載っている。

 誰もが知る歴史の一幕ではあるが、歴代の科学者が総力を上げて分析しても、その当時何が起きていたのかを正確に分析できてはいない。

 

 

「ザワークラフト事変は、それから起こる事態のほんの前触れに過ぎませんでした。その一年後、星暦0030年……今度は第十地球テンアースが消滅しました。その直後、地球帝国アーセンパイア政府に犯行声明と思われる通信が入ります。第十地球テンアースを消滅させたのは、シュパーゲル星人と名乗る異星人でした。地球の人々はパニックに陥りました。事態は深刻さを増して行き、星暦0032年までに、第九地球ナインアースから第七地球セブンアースまで消滅させられてしまったのです。ちなみにこの私、福羽小春が生まれたのもこの年です」


「小春の情報はいいから……」

 呆れるステラ。


「えー。ちなみに私の旧姓は苺崎ですが、私が生まれた時、通信士をしていた父は第七地球セブンアース消滅の混乱で通信が途絶え、職場が大混乱で暫く家に帰れなかったらしいのです。それで私の出産に立ち会えなかったから、その事を悔やんでいると言っていました……さて、話を戻しましょう。地球人類にはなす術がないかと思われたその時、突如、地球帝国アーセンパイア政府が敵の正体を見破ったと発表しました。敵の正体は異星人、シュパーゲル人だったのです。シュパーゲル人は星を丸ごと別次元に送り込む兵器・デスソース砲を使い、我々の星を消滅させていたのです。地球帝国アーセンパイア政府は、地球艦隊アーセンフリートをシュパーゲル星に派遣し、シュパーゲル星人との長い戦いが始まったのです」



 小春は再び一息付き、お茶を飲んだ。

 科学者達は、小春に注目したまま、誰も身動き一つしなかった。

 皆、続きを聞きたがっている。


 小春は話を続けた。


 

「星暦0035年、地球艦隊アーセンフリートはシュパーゲル星人との戦いに勝利しました。これでようやく平和が訪れると誰もが思ったのです。しかし、戻ってきた地球艦隊アーセンフリートは、シュパーゲル星は敵の本体ではなかった。本当の敵の名は『ホランテーゼ帝国』だと政府に伝えました。その事実によって、我々は再び混乱に陥ったのです。シュパーゲル星は、ホランテーゼ帝国の植民惑星の一つに過ぎませんでした。そして、ホランテーゼ帝国は、我々の次元とは違う3.1次元の存在だったのです。地球艦隊アーセンフリートが得た情報によると、シュパーゲル星が落とされた事により、ホランテーゼ帝国は本格的に地球への侵略を開始する事になる。本来、異なる次元同士の接触はできないはずでした。しかし、ホランテーゼ帝国はデスソース砲を開発し、3.1次元から我々の次元へ介入する理論を編み出している。ホランテーゼ帝国の艦隊が我々の次元に攻撃してくるのも時間の問題と思われました。そこで地球帝国アーセンパイア政府は、我々の方から3.1次元に渡る理論の研究と兵器の開発を開始すると発表したのです。それは、黄四号タートラジン作戦と呼ばれました」



 ここまでは、教科書にも載っている歴史である。

 しかし、ここから先、科学者達も知らない事実が語られる事になる。

 

 

 「実際には、この時点でホランテーゼ帝国はまだ、完全に次元を渡るシステムを完成させてはいなかった。星暦0040年までは第一地球オリジンアースから第六地球シックスアースまでホランテーゼ帝国の侵略を受けませんでした。そして遂に、地球帝国アーセンパイア側で3.1次元の物理法則を解き明かした人物が現れました。私の夫、福羽ふくば甘王あまおうです。甘王は当時まだ十歳の子供で、周りからは神童と呼ばれていました。そして甘王は政府に呼ばれ、異次元転移ディメンジョンシフトプログラムの開発責任者に抜擢される事になったのです。異次元転移ディメンジョンシフトプログラムは『エピスシステム』と名付けられ、エピスシステムの原型、エピスアルファの開発が始まりました。でもその頃、遂にホランテーゼ帝国も次元転移プログラムを完成させてしまった。ホランデーゼ艦隊は第六地球シックスアースを襲い、地球艦隊アーセンフリートは応戦したのだけれど、姿の見えない3.1次元からの攻撃に苦戦してかなりの被害を及ぼした。そして遂に、ホランテーゼ艦隊は究極兵器・デスソース砲改を発動させて、第六地球シックスアースは消滅してしまったのです……」

 

 

 科学者達から失念のため息が漏れた。



 「翌年、星暦0046年に夫、甘王はエピスベータを完成させたわ。エピスベータは別名『エピス絶対防衛システム』と名付けられる事になったの。エピス絶対防衛システムの要は三つ。一つは、3.1次元側の存在を、ディスプレイに映し出して、確認できるようにする事。3.1次元は我々の3次元と全く同じ座標上に重なるように存在しているの。だけど次元が違うから、見る事も触れる事もできない。それを、感知できるようにしたのよ。そして二つ目は、地球艦隊の兵器を3.1次元に変換して、3.1次元を攻撃できるようにする事。そうする事で、ボードゲームの海戦ゲームバトルシップのように、座標を計算して敵を攻撃する事ができるようになったわ。三つ目は、3.1次元のシールドを作って、ホランテーゼ艦隊を第一から第五地球に近づけさせないようにする事。この三つが『エピス絶対防衛システム』の概要なのよ」

 

 

 今度は科学者達から感嘆のため息が漏れた。



「やがて第五地球フィフスアース付近の宙域で地球艦隊アーセンフリートとホランテーゼ艦隊との戦闘になりました。地球艦隊アーセンフリートは、エピスの力で魚雷をイマジナリー化して3.1次元に送り込んでホランテーゼ艦を撃沈する事に成功します。遂に地球帝国側が一矢報いる事に成功したのよ。でも、再び放たれたデスソース砲改によって、第五地球フィフスアースは消滅してしまった。この頃はまだ、エピス絶対防衛システムの防御は完全ではありませんでした。でも我々はめげずに開発を続け、遂にエピス絶対防衛システムの完全版『エピスガンマ』の防御により、第一地球オリジンアースから第四地球フォースアースは現在まで無事に存在しています。そしてこの時、マザーコンピュータのAIプログラム『ステラ』が誕生したわ」



 小春の話に合わせるように、ステラは仰々しくお辞儀をしてみせた。

 

 

 「同年の暮れに、甘王はエピスガンマを使って異次元転移ディメンジョンシフトプログラムの最終形態を発動させました。これによって地球艦隊アーセンフリートはイマジナリー地球艦隊アーセンフリートとなって、兵器だけではなく艦隊ごと3.1次元側に侵略する事が可能になったのです。そして、激しい戦いの末にデスソース砲改の破壊に成功しました。その後、ホランテーゼ帝国の母星、ホランテーゼ星にイマジナリー地球艦隊アーセンフリートが乗り込む赤色二号アマランス作戦が決行される事になったのです」

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