第35話 別れ

 仮面の敵は地面に倒れ、そのまま動かなくなった。



「よ、ようやく……倒せましたね……」


 シュバルツは片膝を付いて、そのまま地面に仰向けに倒れ込んだ。


「シュバルツ!」

「シュバルツ君!」


 レンとコト、ルフナがシュバルツに駆け寄る。


「シュバルツさん、しっかりして下さい!今回復魔法ヒールを……」

 側に寄り、魔法をかけようとしたルフナの手を取るシュバルツ。


「いえ、必要ありません。私、ゾンビ状態なので……もうとっくに死んでいるんです。後は消滅ロストするしかありません」


「そんな……そんな事って……」

 ルフナは、シュバルツの手を握りしめて涙を流す。


「この身体は、いなくなっても……私……は、また別の身体で戻って来ます……そしたらまた」

 シュバルツの姿は既にボロボロと崩れ始めていた。

 崩れた欠片は消滅して行く。


「分かった。分かったわ……だからきっと戻って来て!」


「はい……」

 微笑むシュバルツ


 レンは下を向いたまま俯いている。


「せんぱい……そこにいますか?もう目が見えなくなってきました」


 いるよ……レンはそう呟こうとしたが、声にならない。

 代わりにシュバルツの側に寄り、手を取るレン。


「せんぱい……ああ、せんぱいの手の温もりです……このシュバルツ、せんぱいと一緒に相棒バディを組めて、今まで楽しかったです……」


「逝くなっ!シュバルツっ!……くそっなんでだよ!何でシュバルツがこんな目に会わなきゃ行けないんだっ!」


 レンは叫び、シュバルツの肩を揺さぶる。

 レンの目から涙が溢れ出る。


「せんぱい、私、後悔してません……ルフナさんも、リゼさんも守れたし……それに、こうやってせんぱいに看取って貰えるなんで、わたし幸せです……、せんぱい、せんぱ——」


 シュバルツはそのまま動かなくなる。


 やがて、完全に消滅した。


 ウインドゥのPTパーティリストに表示されていたシュバルツの文字は『LOST』となり、その後文字その物が消えてしまった。


 レンは押し黙ったまま、シュバルツのいた場所をただ眺めていた。


 コトとルフナは、何も言わずに、レンのその姿を見つめていた。




……カタッ



 どの位の時間が経っただろう。

 地面に倒れたままだった仮面の敵の、その仮面が僅かに動いた。



……カタカタッ



 仮面はやがて空中に浮かび上がっていた。



「……仮面が⁉︎」


 最初に気が付いたのは、ルフナだった。


「そんな……まだ、?」

 コトは悲痛な面持ちで仮面を見つめる。


 コトには、もう一度光の槍アークホーリーを放つだけの魔力MPは残っていない。



「何て奴だ……どこまでも……僕達を……」



 レンは押し殺した声で呟き、涙を拭いた。

 剣を抜いて、よろよろと仮面に近づいて行く。



 オオオォォ



 仮面は鳴き声とも唸り声とも取れる音を鳴らす。


 仮面の前に漆黒の魔法の弾エフェクトが浮かび上がる。



「お前だけは……お前だけは……倒す!」



 レンはふらつきながら、剣を構える。

 しかし、レンの足取りが重い。

 レンもまた、この連戦の疲労とシュバルツ喪失の精神的疲労で疲れきっていた。


 レンが仮面にたどり着くより早く、仮面の漆黒の魔法の弾エフェクトが放たれようとしていた。


 万事休す……か。



 折角せっかく助けてくれたのにごめん、シュバルツ……レンは心の中でそう呟く。




 その時だった。



極太の光の槍アークホーリーII!」



 レンの後ろから放たれた、極太の光の槍アークホーリーIIは、仮面に命中した。



至高の光の槍アークホーリーⅢ!!」



高貴なる光の槍アークホーリーⅣ!!」



 更に、矢継ぎ早に光属性の高位魔法が連続して放たれ、次々と仮面に仮面に命中した。


 仮面は反撃する間も無いまま砕け散り、遂には消滅した。



 仮面の消滅に合わせる様に胴体の方も消滅し、仮面の敵は完全に消え去った。



「すまない……遅くなってしまった」


 レンが振り向くと、そこにいたのは、金髪ショタの秘術師ウォーメイジと、黒髪ロリの獣使いビーストテイマー



 極太の光の槍アークホーリーII秘術師ウォーメイジが放った物だった。

 


「ライ!どうしてここに?」

 金髪ショタの秘術師ウォーメイジことライの姿に驚くコト。


「ロゼ!なぜここに?」

 黒髪ロリの獣使いビーストテイマーことロゼの姿に驚くレン。


「僕らが、運営から送られた『バグ対策チーム』だ。……それなのに、ここに来るのが遅くなってしまって、本当にすまない」

 深く頭を下げるライ。


「うちのお父様がザラートの運営なの。私はお父様の手伝いでやってるんだけど、色々あってライも巻き込んでしまっているの。……今まで黙っててごめんなさいね」

 ライに続いて謝るロゼ。


「な、何よそれ……二人して……私に隠してたの……」

 コトは、今まで生徒会て一緒にやって来た仲間から初めて聞かされた事実に、驚きを隠せない。



「コトを巻き込みたく無かった……悪いとは思っている……」とライ。


「う……こ、このばかぁ……」


「言い訳をするつもりはない……嫌われても仕方ない」


「言い訳は要らない……でも、この埋め合わせは……高く付くからね」


「やれやれ」

 ライは、涙ぐむコトにそっとハンカチを差し出した。

 無言でそれをひったくり、涙を拭くコト。



 そんなやりとりを見守っていたレンの側に、ロゼがそっとやって来てささやいた。


「レン君、シュバルツの事は澪から直接電話来たから、事情は把握してるわ……二人に辛い思いをさせてしまってごめんなさい」


「いえ、そんなロゼさんが謝る事は何も……て言うか澪、どうでしたか」


「私は元気だって伝えてくれ……だって」


「そうですか……」



「あの……」


 ルフナがおずおずとレンに声をかける。


「この方達は……」


「ああ、大丈夫。僕達の仲間だよ。安心して」


「そうですか。レンさん、良いお仲間が沢山いるのですね」

 そう言ってふふっと笑うルフナ。


「そうだね……本当にそう思うよ」

 レンも、ルフナにつられて笑う。


「皆、疲れたでしょう。今日は一旦、戻りましょう。ね、レン君」

 ロゼは全員を見回して言う。


「分かりました。ルフナさん、一旦、村に送ります。その後は、僕らは元の世界に戻ります。後日また来ますので、話を聞かせてもらえないでしょうか……」


 レンはルフナに言った。



「皆さん、この世界には長くいられないのでしたね。では、私はティーポットの城に戻ります。皆さんにこの通行証を渡しておきます。これが有れば、城の警備兵も通してくれるはずです」



 ルフナは魔石を薄く削って作られた小さな石板をレンに手渡した。



 板には魔力が込められている。

 これがこの国の城に入る為の通行証なのだろう。


「ありがとうございます、ルフナ姫」


「レンさん、それに皆さん。また会える事を、城でリゼと一緒に楽しみにお待ちしております」



 レン達はルフナとリゼを村に送り届けた後、ログアウトした。



 レンはその日、家に帰り着くとすぐさまベッドに潜り込み、そのまま深い眠りに落ちた。


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