第13話 なぜここに呼ばれたか、わかりますか?


 ランブータンのジョブ、『暗殺士アサシン』は、一撃必殺の攻撃能力を持つアタッカークラスである。

 だが、それ故に防御には滅法めっぽう弱い。


 一対一ならまだしも、秘術師ウォーメイジ獣使いビーストテイマー相手に正面から戦って、勝てる見込みはゼロだった。

 


 こうなった今となっては、ランブータンが取れる道は二つしかない。


 一つは、安全な場所までテレポートする方法。


 ……しかしこの選択肢はなかった。


 テレポートの魔法は詠唱に時間を要し、発動までにはかなりの時間がかかる。

 詠唱中は無防備になる為、戦闘中には使うのは自殺行為な為である。

 

 

 もう一つの方法は、対人戦PVPエリアの外まで走って逃げる事である。

 

 対人戦PVPエリアさえ抜けてしまえば、プレイヤーを攻撃する事はできなくなる。

 それは、必殺仕置人ジャッジメントであろうと同じだ。


 しかし、今、ランブータンは対人戦PVPエリアの内側深くに来ている。

 ここから対人戦PVPエリア外まで走って逃げるのは、かなり厄介だ。

 

 二人が逃げられないように深くまで誘い込んだつもりだったが、実際は逆にランブータンが逃げられない様、エリア奥地に誘い込まれていた訳である。

 

 

 ……しかしまだ、ランブータンには切り札が残されていた。

 暗殺士アサシン特有のスキルが、ランブータンに最後の希望のぞみを与えてくれている。



 目の前の、ライと呼ばれた金髪ショタの秘術師ウォーメイジと、ロゼとよばれた黒髪ロリの獣使いビーストテイマーは、ランブータンの事にはお構いなしに、二人で話し込んでいる。

 

 

「……ライさん、すぐそうやって調子に乗るのはいけないクセです。そんなだから古都華さんにも別れ話なんてされてしまうのですよ」

 ロゼがメガネをくいっと上げながら言う。メガネが光に反射してきらっと光る。

 

「な……そ、それは関係ないだろう。だいたい、僕達ぼくらが別れる事になった最大の原因は、君が僕を必殺仕置人ジャッジメントに誘ったからではないのか?」

 ライはあたふたと、子供のように言い返している……実際、容姿は子供なのだが。

 


 ランブータンは、今がチャンスとばかり、そろり、そろりと後退あとずさり、ここぞとばかりに韋駄天ダッシュのスキルを発動させる。

 そして、二人に背を向け、一気に走り去った。

 

 

「あの男……行ってしまいましたわよ……」

 ロゼはちらっとランブータンの方を見た後、全く動揺を見せずに、ライにそう言った。

 

「全く……僕たち必殺仕置人ジャッジメントから逃げられると思われているとは、僕らもナメられたものだね。……ではロゼ、頼めるかい?」

 ライは両手でやれやれと行ったポーズをする。

 

「もちろんですわ。レオポン、行くわよ!」

 ロゼは、合成獣レオポンの方を振り向く。

 

 合成獣レオポンは、口で咥えていたランブータンの仲間を地面に降ろし、ブルッと身震いする。


 ヴヴヴヴヴヴッと言う音がして、蝙蝠こうもりの様な合成獣レオポンの背中の羽がどんどん大きくなった。

 合成獣レオポンの羽は、四メートルはあろうかという程の大きさに成長する。


 ロゼは素早く合成獣レオポンの背中に飛び乗った。

 合成獣レオポンは、翼をバサっと一振りする。


 

「ロゼ!今日は一発で決めるぞ」


 ライはそう言って、小型の通信機インカムを投げる。

 ロゼは通信機インカムを受け取るとイヤホン部分を耳に装着し、そこから伸びる細い棒状のマイク部分を口元に持ってくる。

 

「そう言って、一回で成功したの、三回に一回じゃないですか……アイス……掛けます?」


「ははっ……いいだろう。僕は当たる方に賭けよう。」


 そう言ってから、ライは杖を目の前に構え、呪文を唱える。


 ライの体が淡く光り、足元に黒い魔法陣が出現する。

 周囲に風が巻き起こり、ローブが風に揺られてはためく。

 

 同時に合成獣レオポンは後ろ足で地面を蹴り、翼を大きく羽ばたかせる。

 合成獣レオポンは一瞬にして加速し、上空に飛んで行った。

 

 

 ランブータンは韋駄天ダッシュのスキルを使い、猛スピードで街を駆け抜けていた。

 通常、対人戦PVPエリアを走って抜けるのには二十分はかかる場所だが、今の速度なら五分もあれば抜けられるだろう。

 

 逃げ足の速さで暗殺士アサシンに敵う者はいない。

 

 

 あと少しだ……あと少し……対人戦PVPエリアを抜けたら、一旦どこかに身を隠してやり過ごそう。

 あの二人から逃げ切って戦闘状態から解除さえされれば、テレポートなりログアウトするなり、その後の方法はいくらでもある。

 

「……くそ、いつかこの借りは必ずかえしてやるからな……必殺仕置人ジャッジメントめ……覚えてやがれ……」


 ランブータンは、走りながらも思わずそう呟かずにはいられなかった。

 


 そのランブータンの姿を、合成獣レオポンに乗ったロゼが、遥か上空から眺めていた。


「ライ……あの男、いましたわ。準備はいいかしら?」

 

 

 通信機インカムのマイクに向かって、ロゼがささやく。

 

 

『ああ、魔力は十分練り上げた。ロゼ、いつでも発射可能だ』

 通信機インカムを通してライの声が聞こえてくる。

 

 

「ライの位置から48.2度の方向、時速67kmで走っています。五秒後に座標X1035、Y5921」



「わかった……3」



「アイス忘れないでね……2」



「……1。発射!」



 直後、上空から物凄い勢いで稲妻が疾り、地面に向かって一直線に伸びて行った。

 

 遅れてドゴオォォン……という大きな重低音が鳴り響く。

 

 

 ……雷が落ちた場所には、ランブータンが倒れていた。

 


「ライ、お見事……ですわ」

 合成獣レオポンから下を覗き込むようにして、倒れたランブータンを確認しながらロゼは言う。


『僕の勝ちだな……』

 通信機インカム越しにライの嬉しそうな声が聞こえてきた。

 

 

 ……暫く後、ライとロゼはランブータンとその仲間の二人の手に、手錠によく似た形状の装置を取り付けていた。


 

「拘束具、取り付けましたわ」

ロゼはライに報告する。


ライは拘束具がちゃんと嵌っている事を確認し、ロゼに向かって親指を立てる。


「そういう行儀の悪い事をしてはいけません」


「……はい」

 ロゼに注意されてしょぼくれるライ。


「では、二人を転送します」

 そう言ってロゼは拘束具についているスイッチを押す。

 

 ランブータンと仲間の体がテレポートの光に包まれ、直後、消えた。

 

 

 

 ——違反者監禁部屋ジャッジメント・ジェイル——

 

 

 

 目が覚めると、ランブータンは一人、暗く、湿った場所にいた。



 両手は拘束具によって固定されていて、動かせない。

 部屋はやたら広く、四方を石の壁に囲まれている。


 辺りは暗く、壁に設置されている蝋燭の炎だけが辺りを照らしている。



 この部屋の事は、噂に聞いた事があった。



 ここは、ゲームの運営を取り仕切るGゲームMマスターが、ゲームに違反したプレイヤーを裁く場所。

 通称、『違反者監禁部屋ジャッジメント・ジェイル』と呼ばれている部屋だ。


 見上げると、天井だけは異常に高かった。

 そして、目の前に十メートルはあろうかという大きさの石像が立っている。


 石像の方から、頭の中に声が聞こえてきた。



「……なぜ、ここに呼ばれたか……わかりますか?」


「し、知らねえよ。俺は何にも悪い事はしていない!……なあ、信じてくれよ……」

 ランブータンは石像に懇願する。

 と同時に、密かにテレポートの魔法を発動させようとする。


 ——発動しない。

 

「無駄です。この部屋の中では、あらゆる魔法は一切の効力を発揮しません」


「ぐ……ぐうぅ……」

 ランブータンはなす術なく、冷たい石床の地面に崩れ落ちた。

 

石像は話を続ける。


「ランブータン、貴方は対人戦PVPエリアに迷い込んだ非戦闘職を騙し打ちし、たのしんでいましたね……それは、プレイヤー規定に反する行為とみなされます」


「俺は、チートやハックなんてしてねえ。お前のシステムが悪いんだ!対人戦PVPエリアの仕様にそもそも穴があるのがいけねえんだ……俺は悪くねえ!」

 ランブータンは叫ぶ。


 ……しかし、石像の声色からは、一切の慈悲も憐れみも、まして同情さえも感じられない。

 

「それは関係ありません。これは、プレイヤーのマナーの話です。マナーを守れない人間は、私たちのゲームを遊ぶ資格はありません」


「……ふざ……けるなっ!」


「ランブータン、貴方のアカウントは永久停止させてもらいます。名前や住所を変えてアカウントを作り直しても無駄です。課金は現時点を持って解除され、支払いが済んでいる今月の分は、日割り計算されて貴方の口座に返金されます」


「ま、待ってくれっ……わかった。もうしない!誓うから……」


 ランブータンの態度は一転し、今度は必死で石像に懇願する。

 しかし、石像からは淡々と声が響くのみだ。


「……また、この情報は、『エピスシステム』を使用した他のゲームとも共有されています。他のゲームでも同様にアカウント剥奪となりますので、お忘れなく……それでは、二十秒後に強制ログアウトを開始します。20……19……18……」


「や、やめてくれ。VRゲームだけが俺の生きがいなんだ!出来なくなったら明日から何をして過ごせばいい?VRを知ってしまった今となっては、もう物理ゲーなんてやってられねえんだ。頼む、もう一度だけチャンスを……た……の……」


 そう言ったまま、ランブータンの姿は固まった。


 そして、まるで石をハンマーで砕いたかの様に、その後、ランブータンの姿は灰となって、ボロボロと崩れ落ちた。


 ランブータンの姿だった灰は、全て床に崩れ落ち、その灰はやがて消滅した。


 部屋の中には、ランブータンを縛っていたはずの拘束具だけが残っていた。

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