生徒会篇1

第12話 エリア88

——エリア88——



 ザラートワールドには、二種類の遊び場所プレイヤーフィールドが存在する。



 一つは、モンスターとは戦うが、プレイヤー同士では戦う事ができない『プレイヤーPヴァーサスVエネミーE』エリアと、もう一つ、プレイヤー同士で対戦が可能な『プレイヤーPヴァーサスVプレイヤーP』エリアの二種類である。



 街中からやや離れた場所に、見渡す限り廃墟が広がり、所々に瓦礫の山が広がる区画がある。



 このエリアは、対人戦PVP専用の区画として存在する、通称『エリア88』と呼ばれているエリアだった。



 対人戦PVPは一部のプレイヤーには熱狂的な人気がある一方で、人同士の戦いが時に加熱しすぎる事によりトラブルが絶えず、若葉の冒険者カジュアルユーザー達には敬遠されがちである。



「ヘヘッ……今日は良い獲物が紛れ込んでやがるぜ……」



 その男、ランブータンは廃墟の影に隠れながら

、ちらちらと路上の様子を伺っていた。

 


 動いても殆ど音のしない特殊な布で作られた服と革鎧を纏い、抜き身のナイフを手に持っている。



 ランブータンのジョブ、暗殺士アサシンは、対人戦闘に特化した必殺の能力を持つ。



 彼はここで、今までに何人もの獲物を狩ってきた。



 彼が今いるこの場所は、冒険者で賑わう街中から続く街道にやや近く、街へ向かおうとする冒険者達がまれ対人戦PVPエリアと知らずに迷い込む事がある。


 そうしたはぐれ冒険者を待ち構えて襲うのが彼の目的だった。



 今日もまた、ランブータンはこの路地に対人戦PVPエリアと知らずに迷い込んだ子供を発見した。



 迷い込んだ子供は二人。

 十歳くらいの男の子と女の子である。



 男の子は、髪は金髪で、目が隠れるくらいの長さのマッシュルームヘアにしている。


 布の服の上からベージュのポンチョに身を包み、麻袋を背負っていた。


 冒険者達の荷物持ちか、それとも行商か、はたまた女の子の付き人か……


 ジョブはよく分からないが、とにかく戦闘職ではなさそうだ。



 女の子の方は、腰まである黒髪を後ろで束ねており、小さな顔の割にやや大きめな丸いメガネをしている。


 メガネによって少女の幼さが強調され、より子供っぽく見える。


 女の子の方も布地の服に同じくベージュのポンチョを羽織っている。



 二人共、武器らしき物は手にしていない。



 男の子と女の子は、互いに手を繋いで、辺りを不安そうにキョロキョロ見回しながら、廃墟を奥へと進んで行く。



 ランブータンは悦びを抑えながら、抜き身のナイフに舌舐めずりする。


「ひひひっ……あの餓鬼ガキたち、どうやら街へ行く予定が、道を間違えてここに迷い込んだ様だな。だが、子供だからと言って容赦するこの俺様じゃあないぜ……運が悪かったと諦めるんだな……」


 ランブータンは抑えた声でそう呟き、音もなく子供の方に忍び寄る。


 そして、一息踏み込めば、相手が気付く間も無く襲い掛かれる距離まで近づいていた。



 狙いは男の子だ。一撃で仕留めてしまえば、女の子の方もテレポートで逃げる間も無く仕留められるに違いない。



 シャアアアアアッ



 ランブータンは素早い動きで、男の子の背中から、首筋を狙い、ナイフで首を切断した。



 切断した————筈だった。



 ナイフは、男の子の首に届く事なく、空中で静止していた。



「……なっ!」



 よく見ると、僅かに白い半透明な膜のような何かが、ナイフを止めていた。



 それは、シールドだった。


 男の子は、目を凝らすと僅かに見える薄いシールドでランブータンの攻撃を受け止めていたのだ。



 男の子が、ニヤッと笑う。


「くっ!」


 背中にゾッとする嫌な予感を感じ、ランブータンは急いで後ろに跳び、男の子と距離をとる。


 見ると、女の子の方も、先程までの不安そうな表情から一変、幼い顔に笑みを浮かべている。



「お、お前ら……何者なにもんだ!」

 ランブータンは叫ぶ。


「ふっ……闇に紛れて弱者を狩る、その卑怯で薄汚い手口……ようやく見つけたぞ、貴様がランブータンだな?」


 男の子はそう言うと、おもむろに背負っていた麻袋を地面に投げ捨て、纏っていたポンチョを脱ぎ捨てた。


 男の子がパチンと指を鳴らす。


 一瞬にして、男の子が身に纏っていた布の服が、模様の描かれた魔法使い風のローブに変わった。

 そして、何処からか現れた木の杖を手に持つ。


 ランブータンは、その装備が秘術師ウォーメイジのジョブ専用装備である事に気づいた。



「クソッ……子供だと油断したが……貴様、秘術師ウォーメイジだったのか!」

 ランブータンは吐き捨てるように言う。



 秘術師ウォーメイジは魔法主体の後衛ジョブにも関わらず、アタッカーだけでなく、魔法で作り出す盾と鎧で身を守り、タンクにもなれる強力なジョブなのである。


 先程のランブータンのナイフを防いだ半透明な盾も秘術師ウォーメイジのスキルである。



「ランブータン、お前の悪事もここまでだ。罪は軽くならないが、大人しく投降するが良い。」


 男の子は子供らしくない物言いで、ランブータンにそう告げる。


「けっ……ふざけるんじゃねえ……誰だか知らんが、大人しく捕まるとでも思うか?」


 そう言いながら、ランブータンは目で合図を送る。


 万が一の為に、近くに狂戦士カオスウォリアの仲間が待機している手筈だ。


 さあ、俺がこいつらの注意を引きつけている間に、後ろから襲って、ってしまえ!


 さっきはこちらが油断したが、狂戦士カオスウォリアの一撃ならば、例え秘術師ウォーメイジと言えども無傷では済むまい……



……


…………


………………



……な、なぜだ。



……なぜ、仲間が来ない。



「あら、何を待っているのかしら?」

 口を開いたのは女の子の方だ。


 女の子がパチン!と指を鳴らす……今度は、女の子の服装が一瞬にして変化した。



 女の子の衣装は、体にぴったりフィットした黒いエナメルの様なボディスーツに変わっていた。


 ボディスーツは、胸元が大きく開いた、セクシーなワンピース状になっていて、同じ素材の黒いエナメルのニーハイブーツを履いている。


 ……衣服はセクシーでも、体格は子供のままではあるが。


 少女は、黒い手袋を嵌め、手に長い鞭を持っている。

 後ろで結んでいた髪は解け、長い黒髪が風になびいていた。



「うふふっ……もしかして、後ろで寝てるお仲間さんを待っているのかしら?」


 そう言って女の子は、鞭をしならせ、地面にピシッと打ち付けて言う。



「レオポン!出てらっしゃい!」


 廃墟の奥から、顔と胴がライオンで、大きな蝙蝠の様な翼を持ち、蛇の様な尻尾を持った合成獣キメラが現れた。



 レオポンと呼ばれたその合成獣キメラは、口にランブータンの仲間を加えている。


 仲間は既に気絶していた。



「クソッ……貴様……獣使いビーストテイマーかっ!」

 ランブータンは驚愕した。


 子供だと思っていたのは、秘術師ウォーメイジ獣使いビーストテイマーだったのだ。



……そこで、ランブータンはふと、思い出す。



「ショタの秘術師ウォーメイジとロリの獣使いビーストテイマーの組み合わせ……だと?……まさか、お前らは……」



「あーら、今頃気づいたのかしら……」


 女の子の方がくすくすと笑いながら、目を細める。


「そうだ……我々はお前の想像通り……必殺仕置人ジャッジメントだ!」



 男の子はランブータンに向かって言い放った。



「ライ……人に向かって指を指してはいけません!」


「ご……ごめんロゼ……ついカッコ付けたくて……」


 ライと呼ばれた男の子は、ロゼと呼ばれた女の子に叱られて謝っていた。



「な……なんなんだ、こいつら……」


 そんな二人の寸劇に、ランブータンはやや呆れていた。

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