第14話 僕達の戦いはこれからだ

——ザラートゲームス・第三ネオトキオ支店——



 ライ——高麗こうらいじん——は、システムからログアウトした後、現実世界で目を覚ました。


 

 通常のVRシステムの場合、専用ヘッドバンドを頭に装着し、大人一人が入れるサイズの日焼けマシンのようなカプセルの蓋を開け、中に入り、寝転がる仕組みだ。


 そうするとカプセルの蓋が自動で閉じ、VRシステムが起動する。


 そして眠る様に意識がなくなり、仮想V空間Rの世界に入ることができる。

 


 しかし、今しがた仁が目覚めた装置は、アクリルガラスで出来た透明な縦長の円柱形のような形状をした、シリンダータイプのVR装置である。


 シリンダーの中は、僅かに粘度のある透明な液体で満たされていて、その中に人が入る事ができる。


 部屋の中には、シリンダーがいくつか並んで設置されている。


 中に入っているのが人ではなく魚であったら、ここは水族館かと思う人もいるかも知れない。


 仁はそのシリンダーの一つの中に入っていた。


 仁の体は、液体の中で競泳水着の様な素材のパンツ一つを見に纏っている。


 この施設専用のVRスーツなのだろうが、もしかしたら本当はただの水着なのかもしれない。


 実際の所はどうなのか、仁は聞かされていないし、特に知りたいとも思っていない。


 仁は酸素マスクを装着して、液体の中をふわふわ漂っていた。



 目を開けると、液体で歪んだ視界の向こう側に、大きな機械コンピュータが何台も稼働している。

 その機械コンピュータを、白衣姿のスタッフが忙しく操作している様子が見える。

 

 

 仁は、左を見た。



 透明なアクリルガラスのシリンダー越しに、左側にあるシリンダーが見える。

 

 その中には、女性用の競泳水着のようなボディスーツを身に纏った、同年代の女の子が、仁と同じく液体の中に浮かんでいる。

 


 女性はロゼの中の人——加賀かがしずく——である。


 

 しずくも、ちょうど目を覚ました所だった。

 二人とも、VRの中では子供の姿だったが、現実に戻ると高校生の姿に戻っている。


 

 ウィィィン……と音がして、シリンダーの上部にあるハッチが自動で開いた。

 

 仁は、自身の口元を覆っていた酸素ボンベを掴み、外す。

 そのまま、手で液体を掻いて浮上した。

 慣れた手つきでシリンダーの淵に手を掛け、シリンダーの外に出た。



 加賀しずくもシリンダーから出てきた。



 仁としずくは、シャワールームでねっとりした液体を洗い流した後、

 シャワールーム入口側に置いてある棚からバスタオルを取り、全身を拭いていく。


 

「……いつ見ても物々しいVR装置だな。その分、VRセンターにある装置とは、比べものにならない位の高シンクロ率を出せるのはありがたいが……」

 

 仁はそう一人で呟いた。


「会長?今、何かおっしゃいました?」


「いや、たいした事じゃないさ……さっさと着替えようか」


「そうですわね……湯冷めしちゃいますわ」

 


シリンダー内の液体は、丁度いい温度に適時温度調整がされている。

その分外に出ると、肌寒く感じる。



 仁としずくは、お互い更衣室に移り、水着を脱いで制服に着替える。



 仁は着替え終わり、更衣室から出て控室の方に移動する。

 しずくの着替えはまだ終わっていないようだ。

 

 

 仁は控室のベンチシートに腰掛けた。

 VRの中にいる間、現実の体は動かしていないが、VRの中で派手に動いた事により疲れを感じていた。

 

 

 遠くから足音が聞こえる。

 控室の方に誰かが歩いて来る。

 

 

 控室の入口にある自動ドアが開き、奥から四十代後半から五十代くらいのスーツ姿の男が歩いてきた。

 男は笑顔を浮かべて手に缶ジュースを二本もっていた。

 


「やあやあ仁くん、お疲れさん……今日もいい戦いっぷりだったねぇ」

 そう言って、男はニコニコ笑いながら仁にジュースを手渡した。


 

「ありがとうございます」

 仁は形ばかりの挨拶を返して、そのジュースを受け取る。

 

「いつも悪いねぇ。本当は仕置人ジャッジメントの仕事も僕達、運営GMチームがやらないとなんだけど、人手が足りなくて……」


「僕なら構いませんよ……その代わり……」

 仁は険しい顔で目を細める。


「わかっているとも。古都華嬢には内緒で……という約束はちゃんと守らせてもらうよ」

 男は、笑みを崩さずに答える。

 


 その時、しずくも着替え終わって、控室に入ってきた。

 

 

「お父様、急に呼び出すのはやめてって、前にも言ったでしょ?」

 しずくは男に食ってかかる。

 


 男はしずくの父親、加賀かが長十郎ちょうじゅうろうである。

 ザラートワールドを開発、運営する会社『ザラートゲームズ』で、運営GMチームの責任者を務めていた。


 

 今三人がいるこの建物は、ザラートゲームズの第三ネオトキオ支店である。


 運営GMチームが働くフロアの一角に、テストルームと呼ばれる、デバッグ用VR装置が置いてあるフロアがある。


 そこに、仁としずくは放課後に急きょ呼び出されていた。

 

「仁さんは、お父様が何度も必殺仕置人ジャッジメントの仕事に呼び出すから、デートをドタキャンする羽目になって、とうとう別れ話まで切り出されたのよ。どうしてくれるのよ」


 しずくは父に対して怒り心頭である。

 

「そうだったのかぁ……それは本当に、すまない事をしたね」

 本気で謝っているとは到底思えない、軽い口調で、長十郎は仁に謝る。



「いえ、こちらの事は気にしないで下さい。古都華が必殺仕置人ジャッジメントの事を知れば、必ず巻き込んでしまう事になります。そうなると古都華に危険が及ぶ事になります……だったら、僕が遊んでいると思われている方がいい」


 仁は落ち着いた口調で話す。


「でも……それでは、あんまりですわ。生徒会長はずっと戦い続けているというのに……それに、古都華さんも真実を知らずにただ傷ついて……このままでは、二人とも辛すぎます」



 しずくは生徒会の副会長であり、同時に必殺仕置人ジャッジメントでもある。

 全ての事情を知っているだけに、やりきれない。


 

「僕と古都華は幼い頃からよく知っている仲だ。僕にとっては、妹みたいなものなんだ。あの子が幸せに暮らしていけるなら、僕は影でどんな手を汚す事も厭わないさ。僕達の戦いは、まだこれからだからね……」

 

「そう……なのですね……やはり、全てお父様が悪いですわ。お父様がいつも急に呼び出すからいけないのよ」

 しずくはまだ長十郎に食ってかかる。

 

「しずく……解ってくれ。これも父さんの仕事なんだよ……」


 長十郎はそう言ってしずくにジュースを渡そうとする。

 しずくはそれを振り払う。


「僕は構いません。また必要な時にはいつでも呼んで下さい。しずく、僕はそろそろ帰るよ。勉強も残っているしね」


「あ、はい。……私はここに残って、お父様のスタッフに家まで送ってもらいます。会長、今日はありがとうございます」


「では、また明日生徒会室で会おう」

 そう言って、仁は鞄を手にし、控室を出て行った。


 しずくは、そんな生徒会長を心配そうに見送っていた。

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