第9話 シテ……コロシテ……

 「ま……待って。男同士での結婚マリアージュは……で、できない。僕のフレさんにはクラスの男友達もいるんだ。彼らは僕が、男キャラ同士で結婚マリアージュしたって知ったら、次の日からクラスの中で噂になっちゃう。できればそれは避けたい。」


 蓮は必死になって澪を説得する。

 

「いーじゃないですか別にぃ……じゃあ通知出さないでこっそりしましょうよ。友達にバレたらアイテムが欲しかっただけって説明すれば、なんとかなりますって。実際、ほんとに結婚するわけじゃないんだし」

 

「それはそうだけど……だけど、やっぱり結婚マリアージュは違う気がする。僕らの関係はそういうのじゃない……と思うんだ」


「……そこまで言うなら、わかりました。友達のままで、いーです。……でも先輩!私は諦めませんからねっ!」


 澪は不貞腐れながらも渋々引き下がった。

 

 そうして二人はお互い、帰路に着いたのだった。

 



 ——翌日・教室内——

 

 

 昼休み、蓮は自身の机で頬杖を突きながら、ぼおっと考え事をしていた。


「昨日は色々あった一日だったな……今日は、澪と二人で昨日手に入れた武器を鑑定しに行こうか……でもやっぱり断ったのは傷ついたかな……お詫びになにか買ってあげようかな……」


 などと、蓮がのんびり考えていた所で、突然、スマホが震え出した。

 電話の着信である。

 マナーモードにしているので、バイブレーターがブルブルと震えている。

 

 

 電話をかけて来たのは澪だった。

 

 

 蓮のいる三年B組は校舎の三階にある。

 澪は学年が一つ下のため、蓮と校舎は同じだが、クラスがあるのは一つ下の二階であり、そこからかけて来ているようである。


 澪からの電話は初めてだった。

 

 相棒とチャットやメッセージのやりとりはしょっちゅうしていたが、今まで、直接電話をした事はない。

 関係が進展した事が嬉しくて、慌てて画面をスワイプして着信を取る。



「せんぱいぃ……ごめんなさい。今日……無理です……」

澪の声は、深い海溝の底にいるのかと言わんばかりに沈んでいた。


「ど、どうしたの?」

 蓮は気遣うように澪に話しかける。


 

「テスト……赤点とっちゃいました。今日からしばらく、居残りで補習って言われました」



 なるほど、今の時期は中間テストである。


 蓮はゲームはしていたが、家に帰った後に軽く、苦手教科だけは勉強していた為、赤点を免れていた。

 しかし、澪はそうではなかったらしい。

 


「そうか……それはしょうがないね。まあ、勉強サボってゲームしに行く訳にはいかないし」


「しかも、来週追試があるんです。せっかく、先輩と一緒に、昨日手に入れた武器を鑑定しに行こうと思ってたのに……」


「僕も楽しみにしていたけど、仕方ないね。武器を鑑定しに行くのは、追試が終わってからにしようか」


「わかりました。先輩!私と鑑定に行くまで、一人で勝手に鑑定に行かないで下さい!約束です」

 澪の声は少し明るくなったように感じる。


「わかった……約束するよ」

 蓮はそう言って電話を切った。

 

「しばらく補習かぁ……澪、いったい何教科赤点取ったんだ……暫く、鑑定には行けそうにないな」

 蓮は軽くため息をつく。澪と一緒に行くのが少し楽しみだっただけに、残念だ。


 それに、予定がすっかり空いてしまった。

「今日の予定は、どうしようかな……」 

 

 蓮は再び、机に肘をついて考え事に耽る事にした。

 

 

 

 昼休みが終わろうとした頃、変化が起きた。

 

 教室入口の扉がガラッと開き、古都華が入ってきた。

 

 古都華と蓮は同じ三年B組なので、古都華が教室に入ってくる事は、普段通りである。

 古都華は生徒会役員なので、昼休みは生徒会室に居る事が多い。

 恋人が生徒会長なのだ。

 むしろそっちに行く方が普通である。

 

 普通ではないのは、教室に入ってからの事だった。

 いつもはそのまま自席に着席し、次の授業に備えるか、その前に軽くクラスメイトの女子と他愛無い会話を軽く話している頃である。


 しかし、今日の古都華は、教室に入ってくるなり、そのまま真っ直ぐ蓮の方に向かって歩いてきた。

 心なしか、やや大股で歩いて来る様に感じる。

 表情も、口の端を固く結んで、露骨に不機嫌さを顔に出している。

 

 周りのクライスメイトが若干騒めく。

 普段、授業中以外に蓮と古都華に接点はない。

 男子、女子どちらも、平静を装いながら二人の方を気にしている様子が、蓮には伝わってきた。

 

 古都華はそのまま、迷う事なく蓮の席までやって来た。


「蓮君、今日の放課後、ちょっと時間ある?」

古都華は蓮の机にのしかかれる程の距離まで近づき、蓮に話しかけた。



「は……はい。あります……が、なんでしょうか……」

 蓮は気持ち仰反りながら答える。

 思わず声が上擦っていた。

 

「よかった。じゃあ、ちょっと付き合ってよ」

 古都華は全然、良かったという感じの表情ではない。

 明らかに、ご機嫌斜めである。


「この前と同じ所に、同じ時間でいいわね?」


「う……うん」


「じゃ、よろしく」

 

 それだけ言い放ち、古都華はさっさと自席に戻って行った。

 

 クラスメイト達は、その様子を、平静を装いながらも固唾を飲んで見守っていた。

 しかし、それ以上二人に進展がない事を確認すると、徐々に興味は削がれていった。

 よくわからないが、蓮がなにかやらかして、生徒会役員として注意でもしに来たのか……それとも、先生から何か言いつけられでもしたのか……クラスメイト達は、この件をそんな風に捉えて、そのまま記憶の彼方に忘れて行った。

 

 

 当の蓮自身は……困っていた。

 この前と同じ場所、つまり、ザラートワールド内にある、オレンジサーバーの冒険者ギルド……という事でいいのだろう。

 

 何があったのだろうか……

 

 

 

 ——オレンジサーバー・冒険者ギルド内——

 

 

 蓮は放課後、家に帰るとその足でVRセンターに行き、ログインを済ませた。

 

 そして、シフォンのテレポートで冒険者ギルドに来ていた。

 

 ギルドに入ると、古都華コトカとハルが既にテーブルに着いていた。

 

「今日はライとスズさんが休みなの。三人で行くわよ」

蓮が席に着くなり、古都華がそう言い放った。


「えっ?」

戸惑い、思わず返事に困る蓮。


「生徒会長のライは今日も休みドタキャンよ。それと、スズさんも、今は仕事が忙しくて、暫くゲームをお休みしているのよ」

ぶっきらぼうに答える古都華。


古都華のギルド【コンフィズリーズ】のメンバーは、同じ学校で生徒会長のライ、そしてスズとハルの四人のみである。


「それで……どこへ行こうと?」


「この前と同じレイドダンジョンよ。ローグダンジョン三層」


「いや、無理では……前回四人でも攻略できなかったのに三人では……とりあえず、臨時のメンバーを募集しましょう」

蓮は、欠員メンバーのマッチング申請をしようとウインドウメニューを開く。


それを、古都華は手で制する。


「助っ人はいらないわ。私たちだけで行く」

古都華は仏頂面でそう言う。

昼休みからずっとこの調子だった。


「いや……でも、さすがにレイドは……」


「今日は攻略する気はないから。助っ人呼んだら、せっかく来てくれたのに、攻略しないって聞いたらがっかりするでしょ」


「それはそうだけど……」

その理屈で言うと、僕も助っ人なんですが……とは言わなかった。言いたかったが。


「今日は、ちょっと、うさを晴らしに行きたいだけよ。だからちょっとだけ付き合って」


「わ、わかりました」


また、古都華が攻撃魔法をぶっ放すのを後ろで見学していればいいか……蓮はそう考えて、安堵した。


「今日はね、前回の反省を踏まえて、ちょっと対策をとってきたの」

古都華の表情が少し明るくなった様に感じる。


「……対策?」


「ええ。前回は私が前線で魔法を打つからすぐMPが枯渇して全滅しちゃったじゃない……だから今回は、回復役ヒーラーに徹するわ」

 古都華は自身たっぷりにそう言い放った。



 蓮は(それが、普通なのでは……?)と一瞬思ったが、口には出さなかった。



「しかも、ちゃんと今回はMPも枯渇しない様に、魔法薬エナドリをたっぷり用意して来たのよ」

そう言って、古都華はアイテムウィンドウを開く。


ウインドウの端から端まで、魔法薬のアイコンがびっしり並んでいる。


「レン、思うがままに戦ってね。幾らでも回復してあげるから!」

古都華の表情はようやく明るくなった。


蓮はふと気になって、横のハルを見た。

ハルは……そっと目を逸らした。



……い、いやな予感がする。



「あ、あと、私と生徒会長ライは別れたから。あんな男、もうどうだっていいわ……」

古都華は吐き捨てる様に言い放った。


「じゃ、行くわよ」

そう言って、古都華とハル、蓮のPTパーティはレイドダンジョンに潜って行った。



——ローグダンジョン・三層——


蓮とハルはその後、大量に現れたレッサーデーモンに、サンドバッグにされていた。


蓮とハルは複数のレッサーデーモンにボッコボコに殴られ、どちらかが先に力尽きて倒れていた。


その後は残ってている方が、レッサーデーモンの攻撃を受け止め続ける。


倒れた方は、古都華の回復魔法ヒールによって回復し、再び起き上がる。


しかし、待ち構えていた複数のレッサーデーモンに袋叩きにされ、再び、倒される……


そしてまた、再び回復魔法ヒールで回復する……という事を、延々と繰り返していたのであった。


古都華はMPが減ると、素早い手つきでウィンドウを開き、空間に魔法薬エナドリを出現させる。


そして魔法薬エナドリを一気飲みし、空き瓶を無造作に投げ捨てる。

そして回復魔法ヒールを二人にかけまくる。


「ほらほら、こっちは幾らでも回復できるんだからっ!あんたらなんかレッサーデーモンには負けないのよっ」

古都華は、やる気が激っている。


レッサーデーモンは容赦無く殴り続けて来る。


ザラートワールドでは、ダメージを受けても、痛みは感じない。

しかし、衝撃は感じるので、殴られるとそれなりに衝撃は来る。


ハルは既に殴られ続けてフラフラしていた。


「レンくん……巻き込んでしまって……すみません……前回は、僕一人だったので、回復が間に合わずにすぐ全滅して、入り口にテレポートしてしまったのです。

そこで、今回はレン君も呼ばれ……たようですね……ぐふぅっ!」


そう言ってハルは倒れた。


直ぐ様、古都華の回復魔法ヒールが飛んできて、ハルの体を包み込む。

ハルはフラフラしながら、起き上がる。


蓮の方も、かなり足元がフラフラしていた。

レッサーデーモンも元気いっぱいで殴りかかって来る。


「ボフッ……ハ……ハルさん……僕はもう……いいです……シテ……コロシテ……」


「ほらほら、レンくん、起き上がってー!」


古都華の方をちらりと見ると、まだまだ元気いっぱいで魔法薬エナドリをがぶ飲みしていた。

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