第10話 新しき世界

「レンー……今日もまた、思いっきりボコられたね……」



 シフォンが蓮を気遣って言う。

 

 蓮達はダンジョン攻略を諦め、満身創痍で冒険者ギルドに戻って来ていた。

 シフォンは、蓮の体にペタペタと謎の絆創膏を貼っている。

 

 

「あら、その子、かわいいわね。名前はなんて言うの?」

 古都華はそう言いながらシフォンに顔を近づける。

 


「シフォンだよ。私はレンのナビ妖精だもん」

 シフォンは小さい体で、えっへんと胸を張っている。



「あれ、デフォルトのナビキャラにそんなタイプいましたっけ……」

 ハルは不思議そうにシフォンを見つめる。


「さあ、私がゲームを始めた時には、いなかった気がするわね……課金かしら」

 古都華も不思議そうにシフォンを見つめる。


「課金はしてませんよ。僕がゲームを始めた時に普通に出てきたので選んだんですが、シフォン……君って、レアキャラだったんだ……」


 蓮は、二人の様子に、逆に驚いていた。

 シフォンが珍しいキャラだったとは、今まで知らなかった。


 

「レン君、シフォンさんはもしかしたら、稀に出てくる【隠しキャラ】なのかもしれません。大事にしてあげて下さい」

 ハルは蓮に言った。

 

 

 猫耳の店員が、蓮達の座っているテーブルに食べ物を運んできた。

 

 

「さ、二人ともお疲れさま。今日は私の奢りよ。好きなだけ食べて良いわよ」

古都華は、そう言って蓮とハルに食事を振る舞った。



ザラートワールドでの食事には、ちゃんと味覚がある。

食べてもリアルの体は満たされない為、満腹にはならないが、ゲーム内でのキャラクターには、食事の種類と量に応じてバフが付与される。



「あ、ありがとう……」


蓮はそう言って肉を口にする。

美味すぎず、不味すぎもしない……いつものギルド飯だった。



ハルも、言われるまま食事を口にしていた。



「ところで……」

蓮はふと思い立ち、食事を止め古都華の方を向き直る。



「今日の戦闘で一つ、思った事がありますが……良いですか?」


「何?是非聞かせて」

古都華も、真顔に戻って蓮の方を見る。



「このPTパーティは、思ってたよりずっと強いかもしれません。通常、レイドダンジョンでは、PTパーティが崩壊する時は、ヒーラーの回復が間に合わずに崩壊していき、そして全滅するんです。

ですが、今回は古都華さんの回復は十分間に合っていました。僕は、PTパーティ構成が一人たりない状態で、レイドで大量の敵を相手に、あそこまで回復が持つとは想定していませんでした」


「そ、そうなの……」

古都華は、意外な褒め方をされて、頬が少し赤くなる。


「ええ、古都華さんのヒーラーとしての能力は、他のガチ攻略PTパーティのヒーラーと比べても決して劣っていないと思います。

と言うことは、PTパーティの底力は元々、かなりあると思うんです。

あと足りないのはおそらく、火力です。僕もですが、ハルさんもスズさんも、攻撃用のスキルが乏しくて敵になかなか決定打を与えられなくて負けてしまっています」


「なるほど。外から来た、レン君らしい、良い分析だね」

ハルは関心している。



蓮は続けて言う。



「レベルが最大値カンストまで上がった後で火力を上げるには、レア装備の武器を手に入れるか、レアスキルを手に入れるしかありません。そこでレイドダンジョン攻略の為に、それらを集めに行く事をおすすめします」


「なるほど、【エンドコンテンツ】に挑戦してみよう、と言う訳だね」

ハルは納得した様子で頷く。



エンドコンテンツ……とは、ゲームをある程度攻略したプレイヤー向けの、高難易度ダンジョンや専用フィールドでの冒険だ。

エンドコンテンツには様々な種類があり、前回蓮が挑戦したトレジャーダンジョンや、今回挑戦したレイドダンジョンも、その内の一つである。



「そうです。僕は、最近実装された新フィールド【ヴァシュラン】の攻略に行くのが良いかと思います」



ヴァシュラン……それは、新パッチで新たに追加されたエンドコンテンツ向け新フィールドエリアである。



「ヴァシュランでは、それまでのレベルはそのままですが、新たに【ヴァシュランレベル】が設定されます。

【ヴァシュランレベル】は、誰もがLV.1からスタートします。

ヴァシュラン内では、ヴァシュランレベルを上げるためのレベル上げが必要になります。

ヴァシュランからこちらのフィールドに戻って来たら、再び通常のレベルに戻ります。

レベルは一からとなりますが、ヴァシュラン内には、こちらのフィールドで使用している武器や防具を持って行く事が可能で、こちらで使用しているスキルをそのまま使用する事もできます。

ですが、ヴァシュランの中で、更に協力な武器やレアスキルを手に入れる事ができるんです。

しかも、ヴァシュランは最新のパッチで実装されているので、ヴァシュラン内には、まだ見ぬ協力な【レアアイテム】や【レアスキル】がたくさんあるはずです。

……そして、これが一番の目的なのですが、ヴァシュラン内で手に入れた武器やスキルは、こちらのフィールドに戻っても使用する事ができます。

僕もまだ、ヴァシュランには足を踏み入れてはいないので、未知の領域なのですが、ヴァシュランでかなりPTパーティ強化が可能になると思います。」



 蓮は、ハルと古都華にそう語った。



「なるほど、『ヴァシュラン』ね……なんだか面白そうね……行ってみたくなったわ」


 古都華は乗り気なようだ。


 

「それに、ヴァシュランのエリアでは、レイドダンジョンと違ってPTパーティ構成の縛りがないんです。広大なエリアですから、メンバーが揃わない状態や、ソロで行っても、やることはたくさんあります。

ヴァシュランの中にも、ダンジョンがあるので、フルPTパーティを組める時には、ダンジョンに行き、PTパーティが揃わない時にはフィールドを探索する……という事もできるんです。

PTパーティメンバーが揃わない状態で行って、ヴァシュラン内でPTパーティを組む……といった事もできるらしいです」



「なるほど、まさに【エンドコンテンツ】ですね」

 ハルも頷く。提案が気に入ったようだ。


 

「良いじゃない、ヴァシュラン。レン、教えてくれてありがとう。じゃ、私たちの次の目標は、ヴァシュラン踏破にしましょうか」

 古都華はハルに相談する。


「そうですね。私も、それが良いと思いますよ」

 ハルは、間を置かずに賛成した。

  

「そこでなんだけど、レン、あなたにお願いがあるの」

 古都華は蓮に向き直って言う。


「な、なんでしょうか……」


「私たちのギルド【コンフィズリーズ】に入ってくれない?是非、これからもレンの力を貸して欲しいの」


「え……」



 それは、意外なお願いだった。


 蓮は、提案するだけして、後は頑張って、と言ってさよならするつもりだったのだ。

 

 

「私もそれが良いと思います。レン君も、ヴァシュランはまだ行っていないと言いましたね。では、私たちと一緒に攻略を楽しめると言う事です。それに、私たちにはあなたの力が必要なのです……」

 ハルはいつになく力強く蓮に言う。


 意外と、ハルも今まで寂しかったのかもしれない。

 

「そうよ。いままでソロで、ギルドには加入してないんでしょ。これを機に、一緒に冒険しましょう、ね」

 古都華は笑顔で、目は蓮の方を見据えて言う。


 こうなってくると、断る事は難しい。

 

 

「ま、待って下さい。少し、考えさせて下さい……それと、加入するとしたら、一つだけ条件があります」



 蓮は慌ててそう言った。


 実際、蓮としては、今までギルドに加入してこなかったのは、固定PTパーティの人間関係が煩わしかった為である。

 【コンフィズリーズ】のメンバーには、好感を持っていた。


 ライだけは、まだ会ってはいないが、少なくとも、他の人たちとは、上手くやって行けそうではある。

 蓮にとって決して、悪い話ではない。



 蓮が気にしていたのは、相方のシュバルツの事だった。


 

「実は、僕はいつも、ソロではあるんですが、よく一緒に組んでいる『相方』がいるんです」

蓮はそう言った。


「へえ、相方ねー。レン、隅に置けないじゃない……」

「おや、そうでしたか」


 古都華とハルはそれぞれ驚いている。

 

 

「はい。だから、その人も一緒でよければ、加入させて頂きたいと思います。ですが、一緒でないなら、断らせて頂きたい……です」



 蓮は少し申し訳なさそうに言った。


 

 正直、せっかくシュバルツの正体がわかったし、もう少し二人だけで遊んでいたい、という気はする。

 しかし、目の前の申し出も魅力的ではある。

 


 蓮は、迷っていた。

 

 

「良いわ。こちらは相方さんと一緒でも大歓迎よ。戦力が増えるのはありがたいもの」

 古都華は迷う事なく即答する。


「わかりました。では、相方と相談して、後日改めて返事をさせて頂きます」

 蓮は古都華とハルにそう伝えた。


「待ってるわ。ぜひとも、良い返事を聞かせ欲しい所だけど……ね」


 古都華はそう言って笑った。

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