第8話 ネトゲの相棒は女の子じゃないと思った?

——VRセンター前の路上——



「せ・ん・ぱ・いっ!」



 蓮は突然、若い女性に呼び止められ、振り向くとそこには、見知らぬ女子が立っていた。

 


 女子は、蓮と同じ千疋学園高校の制服を着ていた。


 背は百五十センチくらい、細身で小柄な体型である。


 肩上までのふんわりカールした、ゆるふわボブな黒髪が、夜風になびいている。



「だ……だれ?きみ……」



 蓮は頭をフル回転させて記憶を辿る。


 ……クラスの女子?違う。


 ……バイト先の子?否。


 ……親戚?もちろんあり得ない。


 ……ザラートワールド内のフレンドフレさん?その線だったら一番可能性がありそうだ。



 だが、蓮はザラートワールド内で女子にフレンドはいなかった。


 まして、目の前に立っている子は、控えめに言ってもかなり可愛い。


 こんな子と知り合ってて忘れるとは思えない。



 この前一緒にダンジョンを攻略したPTパーティ、古都華のギルドメンバーだろうか……確かスズと言った。

 

 いやしかし、スズさんはみた感じ、蓮より年上だ。

 

 もちろん、アバターの年齢なんていくらでも修正可能。誤魔化しは効くから、実年齢が見た目通りとは限らない。

 

 とはいえ、わざわざ実年齢より年上に修正する人は少ないだろう……では、スズさんでもなさそうだ。



 結局、蓮は、目の前の子が誰かはわからない。


 人違いか何かだろう。


 きっと、ここで別の誰かと待ち合わせをしていた時に偶々自分が通りかかっただけなんだ……

 

 

「ええっと……君、人違いかな。僕には、君のような子は知り合いにはいないんだけど」


 蓮はしどろもどろになりながらも、女の子に説明する。

 

 そんな蓮の様子を見て、女子はくすくす笑っている。



「人違いなんかじゃありませんよ、レン先輩!私、シュバルツですっ!」


「ああ、なんだ……シュバルツかなるほどね。……は?シュバルツ?」



 蓮は一瞬、この子が何を言っているのか理解ができなかった。



「シュバルツて……あの……シュバルツ?」



「そうですよ、シュバルツの正体は私、『二年A組の白壁しらかべみお』です。やっと蓮先輩に正体をあかせました。はい。私のキャラカード。」


 目の前の女子——澪は、スマホを操作し、画面を蓮に見せる。



 ザラートワールドのキャラクターカードは、ゲーム内だけでなく、スマホアプリと連携しておけば、リアルでも見る事ができる。


 そこに表示されていたアバターは、背中に電磁銃レールガンを構えた髭面の中年ガンマン。


 まさしくシュバルツのアバターだった。

 

 

「ほ……ほんとにシュバルツだ……信じられない。中は絶対男だと……おっさんだと思ってた……」


 蓮は澪のスマホがめんと澪を交互に眺める。

 

「先輩、今までだまっててごめんなさい」


「いや、言わなくて良いって言ってたのは僕の方だし……でもシュバルツは触れた感じも、声も普通におっさんな感じだったから全然わからなかった」


 そこまで言って蓮は「あ、ごめん……おっさんだと思って普通に触れてた……」と言う。



「それは良いですよ。ザラートワールドあっちの世界では、私はあくまでおっさんですから。声も、有料オプションでわざわざおっさんボイスにしてるんですよー」


 澪は、なんて事ないとでも言わんばかりに、平然と言う。


 ザラートワールドでのキャラクタークリエイトは、一番最初のゲームスタート時に、プレイヤー自身のリアル体型をベースにしたアバターが自動で形成される。


 そのベースを元に、顔や体型、胸や筋肉量などをちょっとずつ弄って自分好みのアバターを作り上げられる。


 蓮はそうやって作ったアバターを使用していた。

 


 しかし、中には本人とは全然違う風貌、性別などでプレイしたいというプレイヤーも多い。


 そんな人の為に、全く違う見た目のアバターを作成できるサービスも、課金オプションとして用意されていた。


 課金はするが一からアバターを作るのが面倒な人向けには、二十世紀や二十一世紀の有名人そっくりなアバターがアセットとして用意されていて、それを使う事もできる。


 触感もアバターに合わせて変わる為、触っても全く元の姿がわからなくなるのだ。

 


 しかし、見た目を変えても、声は地声のままとなる。

 声を変えるには、さらに『声帯を変える』追加オプションが必要になる。

 

 そうする事により、見た目も声も、完全にリアルでの姿から変えてプレイする事が可能だ。



 ここまで変えるのは大体が、『バーチャルな美女の肉体』を手に入れてゲーム内で遊びたい男性か、正体を隠して遊びたい芸能人や有名人たち……だけだろうと、蓮は思っていた。

 

 

 まさか身近に、正体を隠しておっさんでプレイしている女の子がいるとは……世の中わからないものだ。

 

 

「いやしかし、驚いたな。まさかシュバルツが千疋学園高校の生徒だったなんて……ていうか女の子だなんて」


「せんぱーい、驚きすぎですよ。いくら私が可愛いからって……」


「今、自分で可愛いって言った……?」


「ち、聞き逃さないか……さすがレン。俺の相棒だなっ!」


 澪は蓮の方をバンバンと叩く。


 こう言う仕草はたしかに、シュバルツっぽいと感じる。

 

 

「ちょ……澪……さん……」


「澪でいいです。先輩なんだし、ていうか、相棒アイボウでしょ私たち」


「じゃ澪、なんでわざわざ声帯変えてまで男のアバターでやってるの?」



蓮の質問に、澪は少し考え、やや間を置いてから答える。



「……まー、これにはいろいろと訳があってですね……実は私、先輩と出会うちょっと前までは、普通に女の子のアバターでゲームやってたんですよ」


「へぇ……そうだったんだ」


「ええ。でも、女の子のアバターだと、いちいちナンパとかされるんで、断るのがウザくなって変えたんです」


「そっか、いろいろ事情があったんだね……それで、誰にもナンパされないようにあえておっさんを選んだんだ」


「それもありますが、私が単におっさんフェチなので……このキャラは普通に私好みです」


 そう言って照れる澪。


「そ……そですか……」


 澪の好みがよくわからないが取り敢えず頷いておく蓮。


 

「でも、先輩と一緒に冒険するのはとても楽しかったです!私、『男同士の友情』ってやつにずっと憧れてて、女としてじゃなく、相棒として接してくれるのが嬉しくて……ずっと、この時間が続けばいいのになって思ってました。だからなんだか正体を明かすのが怖くなって来て……先輩、これからも私と、相棒でいてくれますか?」



 澪は不安そうに蓮を見上げる。



「そ、そうだね……もちろんだよ。僕たちは相棒……だよ……うん」



 冷静に考えると、相棒どころか、秘密のキャンプ地で一緒にあそんだりしている……これはもうデートなのでは?



 蓮は色々考えすぎて頭が混乱して来た。

 

「で、でも澪……今まで通りでいいのかな……僕たち。その、男と女だから……今まで通りとは、いかないんじゃないかな?」



 一旦落ち着こう。

 

 冷静に考えよう。

 

 そう思う蓮。



 しかし……澪の反応は予想外のものだった。

 

 

「そうですね。先輩!今まで通りに行く訳ないですよね。先輩!私達、ザラート内で結婚マリアージュしましょう!」



「え?……結婚マリアージュ?」



 説明しよう。



 ザラートワールドでは、ゲーム内で他のプレイヤーと仮装結婚できるシステム『マリアージュ』と呼ばれるものが存在する。

 


 もちろん、実際に結婚するわけではない。


 ただ、結婚式のようなイベントが発生し、お互いにちょっと得するゲーム内アイテムが貰えるだけの、結婚ごっこである。

 

 しかし、実際にこのイベントで仲良くなって現実に結婚したカップルも多数いる……とザラートワールド公式でアナウンスされるほど、それなりに人気のあるコンテンツだった。

 

 

「け、結婚……『僕』と『君』が?」


「『私』と……じゃありませんよ、先輩。『レン』と『シュバルツ』が結婚するんです。最高じゃありません?ああ、想像しただけで涎が……」



 澪は、腐女子であった。



「……え?……今、なんと?」


「だから、結婚マリアージュんですよセンパイ!」



 ザラートワールド内での結婚マリアージュは、同性同士でも問題はない。


 澪は、蓮とシュバルツが教会の前で、純白のタキシードを着て腕を組んでいる姿を妄想し、微笑んでいる。



 蓮は……どう答えて良いかわからず、ただ立ち尽くすのみであった。

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