第7話 ドラゴンスレイヤー

——トレジャーダンジョン・深部——



 蓮達は、フロア奥に進んで行った。



 奥には扉があり、丸い穴が三つ空いていた。そこに二つのオーブを嵌め込むと、あっさりと扉は開いた。


 

 扉の向こう側には、先ほどまでとは比べ物にならない位の広い空間が開けていた。

 その広間には、金銀財宝が山と積まれている。


 財宝の前には、巨大なドラゴンが座していた。


 体長は雄に十メートルはありそうな、硬い鱗に覆われた巨大な体躯、長い尻尾。細く鋭い爪。

 まさに、RPGに出てくるドラゴンそのものだ。

 


「こいつが、このダンジョンのボスだな」


 蓮は言いながら長剣を抜き、いつでも戦闘態勢に移行できるよう身構える。


 ドラゴンの黄金色の瞳は、蓮たちを見据えたまま、微動だにしない。


「いよいよ、これでラストだな……でもさ、あのドラゴンの奥にあるお宝を、ドラゴンに見つからないように、こっそりがめる事はできるのかな」


 シュバルツはふと思いついた事を口にした。

 それに答えたのは、サヴァランである。


「いや、おそらく無理でしょう。あの奥に見える財宝は、ただの背景です。単に『ホビットの冒険』オマージュなだけですよ。取ろうとしても、触れられないか、固定されていて動かないだけでしょう。宝はドラゴンを倒して初めてその姿を現すようにプログラムされているはずです」


「なるほど……さすが、ゲームクリエイターだな。ゲームに詳しい」

 シュバルツは関心している。


「それより、あれをどう攻略しますか?」


 そう言ってサヴァランは蓮の方を見る。


「そうですね……おそらくドラゴンは、炎による遠隔攻撃と、爪と尻尾の近接攻撃を使ってくると思います。

サヴァランさんは障壁バリアを張って、遠隔攻撃から自身とシュバルツの身を守ってください。

もし、手が空いたら攻撃呪文をお願いします。

あのドラゴンの鱗には、通常攻撃は効かないと思います。

僕が前に出て、近距離からドラゴンを攻撃し、部位破壊で鱗を剥がします。

部位破壊が成功したらシュバルツは電磁銃レールガンの威力を最大火力で撃ちまくる……こんな感じでどうでしょう」


「私もそれがいいと思います。その作戦で行きましょう。ただし、この作戦、タイミングが命です。私が目眩しフラッシュの魔法でドラゴンの目を逸らします。レン君はその隙に飛び出してください」


 サヴァランはそう言って親指を立てる。

 

「わかりました」


「レン君に移動速度と跳躍能力が上がるバフが着く支援魔法をかけておきます……忍速スピーダッ


 サヴァランの手から放たれた光が、蓮の体を包んだ。


「ありがとうございます。いつでも行けます」



 蓮は持っていた盾を捨て、背中からもう一本の長剣を取り出し、二本の長剣を両手に構える。

 防御を捨てて身軽になり、攻撃に専念する構えだ。

 

「では……行きます。目眩しフラッシュ!」


 サヴァランは両手を頭上に掲げる。

 直後、物凄い量の光が溢れ、蓮達三人の姿は光に包まれる。



 目眩しフラッシュは、ダメージは全くないが、とても眩しいので、文字通り、目眩めくらましに使える魔法だ。


 

 ドラゴンは激しい光に思わず目を瞑り、一瞬、顔を背ける。



 その一瞬の隙に、蓮はドラゴンの方に向かって飛び出して行く。

 

 同時に、シュバルツは電磁銃レールガンの照準をドラゴンに合わせ、威力増幅チャージを開始する。

 


——電磁銃レールガン威力増幅チャージ開始しました


……+10%


……+20%

 

 

 ドラゴンは蓮には気づかず、再び顔をサヴァランとシュバルツの方へ向ける。

 

 ドラゴンの目が、黄金色から緋色へと変わり、口の端から炎の切れ端が垣間見える。


 直後、ドラゴンは口を開ける。口の中から高熱の火炎が噴き出してくる。

 

 火炎は一直線にサヴァランとシュバルツの元へと放たれる。

 しかし、サヴァランの形成した障壁バリアによって防がれる。

 

 

 蓮は、その光景を目の端に捉えながらも、動きを止める事なく疾風の如く駆け、ドラゴンの近くまで走り寄る。

 

 蓮の姿に気づいたのか、ドラゴンはその尻尾を大きく横薙ぎに振るう。


 蓮は大きく跳躍してドラゴンの尻尾を躱し、そのまま竜の頭の上まで跳んで行く。


「うわぁ……軽っ」


 蓮は自分で自分の身軽さに驚いた。


 盾を捨てて身軽になった上に、忍速スピーダッの魔法で身体能力が向上しているからこそ成せる技である。

 

「よしっ、このまま一気に鱗を……」


 その直後、ドラゴンの顔が蓮の方を向く。そして大きく口を開ける。

 

「——なっ!」

 蓮の体に衝撃が走る。


 直後、蓮の体は吹き飛ばされ、壁に叩きつけられていた。

 


「衝撃波!……あんな技まで持っているのですか……」


 サヴァランは、そう言いながらも素早く回復ヒールの魔法を蓮に向かって飛ばす。


 蓮は、一度重くなった体が、再び軽くなるのを感じた。



——威力増幅チャージ完了しました。威力+10000%



電磁銃レールガンのチャージは完了したが……このままじゃレンがやられちまう。撃っちゃっていいか?」

 焦るシュバルツ。

 

「待って下さい。今撃ってもドラゴンの鱗に弾かれてダメージが通りません。再チャージが完了するまで、あのドラゴンの攻撃を凌ぎ続けられるとも思えません。今は——レン君を信じて、任せましょう」


 サヴァランも顔に焦りが出ているが、その指は既に次の魔法の印を結び始めている。

 

「わ、わかった……レン、頑張ってくれ……」


シュバルツは電磁銃レールガンのトリガーに指を掛けたまま、唇を噛み締める。


「ドラゴンよ、こっちを見るがいい……雷撃アースボルト!」

 

 サヴァランが唱えると、手のひらから複数の雷が放たれ、ドラゴンに向かって放たれる。

 ドラゴンは炎の吐息でその雷を打ち消して行く。

 

「今だ……もう一度……」


 蓮は起き上がり、前方に向かって真っ直ぐ駆け抜ける。

 一気にドラゴンの懐に入り込む。

 竜が首をこちらに向ける前の今しかない、チャンスは一度きりだ。

 

 蓮は、両手の剣に力を込めて一気に振るう。

 

 

——竜撃斬翔剣ドラゴンスレイヤー



 蓮の剣撃スキルが発動し、片腕で振り下ろした剣がドラゴンの鱗を突き破る。


 もう片方の腕も振り下ろし、さらに剣が鱗を弾き飛ばす。

 さらに連続で、ドラゴンの体を剣が引き裂く。



——部位破壊成功です。

 

 

「やった……」


 蓮がそう思った直後、蓮の体は竜の爪に薙ぎ払われる。

 蓮は再び吹き飛ばされた。

 

「よくやった蓮!……この時を待ってたぜ!」


シュバルツは間髪入れず、電磁銃レールガンの引き金を引く。


電磁銃レールガンの砲身から、威力10000%まで増幅された光の弾が放たれる。



その弾はドラゴンの体に命中し、ドラゴンの体を貫いて抜けていった。



——ガアアアアァ



ドラゴンは、天に向かって断末魔の叫びを上げた後、その姿は光に包まれ、そして消滅した。



『——Congratulation!——』


 ドラゴンが消えた後、空中に文字が浮かぶ。

 

 そして、目の前に宝箱が出現した。

 

 

「おめでとう……ダンジョン攻略だ」

 サヴァランは手を叩いて祝福した。


「や、やった!クリアできた!」

 蓮は、地面に膝を落としたまま、力が抜けていった。


「やったな蓮!さすが相棒だぜ」

 シュバルツが蓮の元に駆けつける。


 すこし遅れてサヴァランも蓮の元に歩み寄ってくる。

 シュバルツは蓮に回復ヒールの魔法をかける。

 

「本当にありがとうございます。サヴァランさん。あなたがいなければここまで来れませんでした」

 蓮はサヴァランの腕をがっしりと掴んで言った。

 

「いや、これは十分に君たちの実力だよ。いい戦いを見せてもらったよ。まさにGグッドGゲーム……と言うところだね。さあ、宝箱を開けてごらん」

 サヴァランはそう言って蓮の手を握り、蓮を立たせた。

 

「では……開けますね」

 蓮は宝箱を開けた。


 中には、金貨の入った麻袋、凝った彫刻の付いた派手な長剣、やはり凝った彫刻がカバーに掘られている分厚いハードカバーの本、そしてこちらも凝った彫刻で飾られた拳銃が入っていた。

 

 

「どうやら、報酬はきっちり三等分のお金と、それぞれの武器……といった所でしょうか」

 宝箱の中身を眺めながら、蓮は言った。


 お宝を全員分、平等に用意してくれるとは、じゃんけんロットインの必要がなくてありがたい。

 

「本は魔導書だから、私がもらって行くよ。剣は蓮君、銃はシュバルツ君でいいね」


 サヴァランはそう言って、金貨の入った麻袋と武器をそれぞれに渡し、本を手に取った。

 

「もちろんです。今日はありがとうございました。またPTパーティを組むことがあったら、よろしくお願いします」


 蓮はサヴァランに、また会いたいと本心で思った。

 

「俺も、楽しかったぜ。また一緒に冒険しよう」

 シュバルツはサヴァランの手をがっしりと握る。

 

「ああ。私もまた一緒にダンジョン攻略したいから、いつでもまた誘ってほしい。それでは、私はこれで失礼するよ。今日は楽しかった。ではまた会おう」


 そう言った後、サヴァランの姿は残像となって消えた。

 ログアウトしたのだ。



「行ってしまったね」

 

「レン、いい人だったな、サヴァランさん……」


「ああ……」


 蓮とシュバルツは名残惜しそうにサヴァランのいた場所を眺めた。



「ところでその剣、なんて名なんだろ……」

 シュバルツは、蓮が手にした剣を眺めて言った。

 

「さあ……結構ムズいダンジョンのお宝だから、いい武器だと思うけど、わからないな……」


 蓮は剣を見る。ウインドウを開いても、名前もステータスも【???】としか表示されない。

 シュバルツの銃も同じく【???】だった。

 

「街に戻って鑑定してもらわないとダメってやつか……」


「そうだね。でもそろそろいい時間だし、鑑定はまた今度にして、今日は僕たちもこの辺りで落ちようログアウトか」


「そだな……続きはまた明日にするか」


 既に午後八時を回っていた。

 VRセンター自体は二十四時間やっているが、学生の蓮は遅くても夜九時までにはログアウトするようにしていた。

 


「今日のところはこれで。じゃあまた……」

 蓮がログアウトしようとした所、

 

「あ、レン、ちょっと待て」

 シュバルツが呼び止める。

 

「ん?どうしたの?」

 呼び止められ、ログアウトしようとした手を止める蓮。

 

「実はな、俺もそろそろレンに……リアルの正体を教えたいと思っているんだ」

 シュバルツは顎髭を触り照れながら言う。

 

「え?いや別にいいんだけど……僕に取ってはリアルがどんな人でも、シュバルツはシュバルツだし」



 蓮にとってそれは本音であった。

 おっさんの正体を知った所で嬉しくもないし……と言うのも、また本音ではあった。

 

 

 蓮とシュバルツはもう一年近く一緒にゲームで遊んで居るが、確かに蓮は、シュバルツの正体は知らない。


 とはいえ、ゲーム内のアバターがおっさんなので、中身もおっさんだろう……そう思っている。


 むしろ、蓮としては、今まで散々タメ口で話して来たのだが、年上だとわかってしまったら、これからタメ口が使い辛くなるので、このまま知らない方が都合がいい。

 

「いや、レンは割とリアルを打ち明けてくれているのに、俺の方だけ内緒なのは良くないとずっと思っていたんだ……ちゃんと打ち明けさせてくれないか」


 シュバルツが真剣な顔で言う為、蓮はそれ以上断るのは気が引けた。

 

「わ、わかったよ……そこまで言うなら、聞くよ……はい」


「じゃあ、一旦ログアウトしてくれ。話はその後で……」


「はぁ?……ま、いいけど」


 蓮は、シュバルツの言う事がいまいちよく分かっていなかったが、取り敢えず言われた通りにする事にした。


 シュバルツの姿は既に消えていた。

 ログアウトしたようだ。

 


 ……なんなんだ。一体。

  そう思いながら、蓮もログアウトした。

 

 

 

——VRセンター・カプセル内——




 カプセルの中にある実体に、蓮の意識が戻って来た。

 

 慣れた手つきで内側からカプセルの蓋を開く。

 

 

 プシュゥ……

 


 カプセルが開き、蓮は体を起こす。

 流石に今日はダンジョン疲れがあるな……帰って早く寝よ……

 

 そう思いながら、受付まで歩いて行き、受付でチェックアウトを済ませる。


 蓮は、VRセンターの月額利用料を払っている為、受付にはスマホアプリに登録したメンバーIDを見せるだけでチェックアウトが完了する。

 

 VRセンターの自動ドアを開け、外の雑踏に足を踏み入れる蓮。


 

「ふあぁぁ……」

 蓮は思わず伸びをして、あくびをした。

 

 外は既に夜である。街灯が街の明かりを照らしていた。



「せ・ん・ぱ・い!」



 ——びくっ!

 

 突然、見知らぬ甲高い声に呼び止められ、一瞬固まる蓮……



 思わず振り向くと、そこには同じ高校の制服を着た、見知らぬ女子が立っていた。

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