第6話 二つで、充分です

——ザラートワールド内・キャンプ——


 蓮とシュバルツは出会ってからもう一年近くになっていた。


 最初はテントしかなかった空き地にコテージを設置し、コテージの中には薪ストーブのあるリビングや、武器を収納できる部屋を設置した。


 庭には焚き火やバーベキューができる場所を設置したり、HP回復アイテムが生える畑を耕したりもした。

 

 二人の秘密基地はなかなかに充実してきていた。

 

「おまたせ」


 蓮は焚き火に温まっているシュバルツに軽く手をあげる。

 

 因みにザラートワールド内に季節はなく、焚き火に暖まらなくても寒くはない。



「遅いぜレン。お、今日はシフォンも一緒か。あいかわらずかわいいなー」


 シュバルツはシフォンに顔を近づけ、指でシフォンの頭を撫でる。


「わわ、もーあいかわらず暑苦しいよシュバルツっ……」


 シフォンはそう言いながらも顔は嬉しそうだ。


「やっぱ妖精シフォンはかわいいな。俺もナビキャラもう少しかわいいのを選んでおけば良かったな」


 シュバルツは自分のナビキャラを出す。


 シュバルツのナビキャラの見た目は、小さい猫だ。


「十分かわいいとおもうけど……」


 蓮はシュバルツの肩に乗ったナビ猫を見て言う。


「声が可愛くないんだよ……こいつ」


「おうおう、カワイく無くてわるかったな……」


 ナビ猫は野太い声でそう言った。



「それは置いといて、早くトレジャーダンジョンに行こうぜ」


蓮の方を向き直り、背中の電磁銃レールガンを手に取るシュバルツ。

 

「そうだね。じゃあ地図を見せて」


 蓮はシュバルツからアイテム【宝の地図】を受け取り、眺める。



 地図にはトレジャーダンジョンの場所と、そこにいる敵モンスターの情報が記載されている。

 


「なるほど、このダンジョンの敵の強さだと、僕らだけではちょっと心もとないかもしれない」


「そうなのか。じゃ先に、ギルドでPTパーティメンバーを募集しにいくとするか」


「うん。シフォン、僕たち二人をギルドまでテレポートしてくれ」


「オッケー、じゃあ二人とも、目を瞑って!」



 二人はギルドに行き、一人募集をかけた所、すぐに追加メンバーは見つかった。

 

 

 三人はPTパーティを組んでトレジャーダンジョンに向かう事となった。

 

 


——トレジャーダンジョン・入口——




 蓮とシュバルツ、そしてもう一人の男はダンジョン入口に立っていた。


 男の名ハンドルネームは、サヴァランと言った。

 

「サヴァランさん、今日は参加してくれてありがとうございます。ダンジョン攻略よろしくお願いします」


 蓮は男に向かって言った。


「レン君とシュバルツさんだね。よろしく。トレジャーダンジョンは人気コンテンツだからね、こちらこそ誘ってもらってありがとうと言いたいくらいだよ」



 サヴァランは背の高い中年男性で、彫りの深い中東風な顔立ちに、金色に染めた髪をオールバックに固めている。


 そして、白地に派手な金の装飾が付いた、高級そうなローブを身に纏った姿のアバターをしていた。


 手には、分厚い魔術書を携えている。


 サヴァランのジョブは魔道士ウィザードで、クラスはアタッカーである。



「あの……サヴァランさん。気を悪くされたら申し訳ないのですが……もしかしてあなたは……」


 蓮は遠慮がちに言う。


 サヴァランは周りを見廻し、他に誰もいない事を確認してから、蓮に向き合って言った。


「おや、レンくん、気が付いてましたか……そうです。予想の通りですよ」


「レン、どう言う事だ?説明してくれ」

 シュバルツは良く事態が飲み込めず、頭を捻る。


「サヴァランさんは、有名なゲームクリエイター方なんだ」


 蓮はシュバルツに説明する。


「ああ、そうだよ。私の名前はふじみのるという。もふもふオンラインの開発者だよ」


「え!あのもふもふを作った人なの?」

 シュバルツは驚愕する。


「や、やはりそうでしたか。プレイヤーと言う噂は聞いていて、何度か雑誌でアバターの姿を見た事があったので、もしかしてと思いましたが」


 蓮も予想通りとは言え、やはり驚いていた。


「私の正体は意外とバレないのだが、君は良く知っていたね……ありがとう。でも、他の人には内緒で頼みますね」


 サヴァランは顔の前で人差し指を立てる。


「分かりました。僕たちだけの秘密にします。……では、ダンジョン攻略に行きましょう」


 蓮はシュバルツとサヴァランに告げる。


「よっしゃ!腕がなるぜ!」

 シュバルツは背中の電磁銃レールガンを抜いて構える。


「このダンジョンは罠が多くあります。気をつけましょう」


 サヴァランは魔導書に手を乗せ呪文を唱える。

 三人は光に包まれ、加護のバフが付与される。



 蓮は奥へと続く扉を開けた。



 その先は、仄暗く、人が二、三人並んでぎりぎり通れる程の狭い通路が続く地下迷宮。



「狭っ!」

「暗っ!」

 慌てながら通路を進む蓮とシュバルツの後ろから、冷静なサヴァランがついて来る。


「レンくん、待って下さい!」

 突然サヴァランが声を荒げる。


「えっ……何ですか?」

 慌てて立ち止まる蓮とシュバルツ。


「その3歩先は床の様に見えますが、落とし穴です。踏むと落ちて死にます」


「ま、マジですか!……あっぶな」


 蓮は出し掛けた足を慌てて引っ込める。


「ひえぇ……どう見ても普通の床にしか見えないな……」


 シュバルツはしゃがんで目の前の床をしげしげと眺める。


 「私は罠感知トラップセンシングの魔法を使っているから見えますが、罠は偽装されているので普通には見えませんね。

 トレジャーダンジョンの罠はダメージを受ける物の他に、食らうと即死の罠が存在します。

 この落とし穴も即死の罠です……」


 サヴァランは魔導書に手を置いたまま、話す。

掌からほんのり光が溢れている。


 罠感知トラップセンシングの魔法を常時発動させているようだ。



 トレジャーダンジョンでは、通常のダンジョンとはルールが違う。



 ダンジョン内で、メンバーの一人でも死亡した場合、PTパーティ全員が即座にダンジョンから外に強制テレポートされてしまう。


 そして、ダンジョンの入り口が消え、再び別の【宝の地図】を手に入れるまで中には入れなくなるのだ。



「サヴァランさんが居てくれて助かりました。僕らだけではあっという間に、強制排出される所でした」

 と言う蓮に、


「レンくん、トラップはまだ、これからだよ……何のトラップが待っているかは私も分からない。トレジャーダンジョンの形状は、毎回変わるからね」

 と言うサヴァラン。


「……それだけに、奥に眠るお宝は何としても手に入れないと行けませんね」

 指を鳴らす蓮。


「そう言う……事だな……」

 シュバルツも真似して指を鳴らす——鳴らなかったが。


「レンくん、シュバルツくん。このフロアは落とし穴だけの様です。私が罠を避けて進むので、私の後に続いて、全く同じ位置を進んで下さい」


「分かりました」

 シュバルツが先導し、その後ろを蓮とシュバルツがゆっくり進んで行く。



 そうして無事、ひとつ目のフロアを越える事に成功し、蓮達は奥の扉を開けて次のフロアに移動した。


 次なるフロアは、先程よりはやや広めの通路が奥に続いていた。


「今度は、何のトラップなんだろう……」


 蓮が、そう言いながら歩き始める。


「レンくん!しゃがんで!」


「えっ!」

 サヴァランの声に、慌ててその場にしゃがむ蓮。



 ——シャリ



 しゃがむ蓮の頭上から、一瞬の後、軽い金属音が聞こえ、何かが通り過ぎて行った様な予感がした。


「か……鎌……ですか……」

 蓮は震える声で問う。


「正解だね……」

 落ち着いて答えるサヴァラン。


「ここはシュバルツくんが先頭に立って、進みながら前方の床を適当に撃ち抜いて行って下さい」


「どう言う事だい?」

 尋ねるシュバルツ。


「ふふ、大丈夫……やってみれば分かりますよ」

 微笑むサヴァラン。


「じゃあ遠慮なく行かせて貰うぜ!うりゃああああ」


 シュバルツは腰の拳銃を抜いて両手に持ち、二丁拳銃を乱射する。



——ガシャン!シャリン!シュバババッ



 床のスイッチが作動し、横の壁から大きな釜が出てきてひと薙ぎする。


 更に別の壁から数本の矢が放たれ、反対側の壁に当たって落ちる。



「このフロアのトラップは床のスイッチで起動して、一度発動したら終わりの様です。シュバルツ君の銃で先に罠を発動させてしまえば後は楽に通れます」


 サヴァランは種明かしをした。


「なるほど。よし、シュバルツ!やってしまえ」

「任せろ!」


 蓮の掛け声に応えてシュバルツは再び、二丁拳銃を乱射しながら進む。


 次々と罠が発動し、鎌、矢、炎、毒霧、地雷などが次々と目の前に現れては消えて行く。



 三人はトラップが消えた後、悠々と通路を進話で行く。



「やったぜ。このフロアはもうすぐ終わりだな」

 喜ぶシュバルツ。


「でも、途中で通路が少し広くなってたのは何だったんだろう。あそこだけトラップが無かったけど……ま、いいか」


 なんとなく疑問を口にした蓮。


「レンくん。良い所に気が付きましたね……それは恐らく……」


 そう言いながら、通路の奥を指差すサヴァラン。


 蓮とシュバルツは、サヴァランの指し示す先を、目を細めて見る。


——目を細めるまでもなく、が向かって来るのが分かった。



——ゴゴゴゴゴ



 地を這うような重低音が徐々に近付いてくる。


 それは、通路の幅いっぱいまである、巨大な石の玉だった。



 巨大な石の玉がこちらに向かって転がって来る



「に、逃げろおぉぉぉぉぉ」

 蓮が振り向くと、サヴァランは一足先に逃げていた。


 蓮とシュバルツも慌てて元来た方へと走り出す。

「どこへ逃げればいいんだよ!」

 叫ぶシュバルツ。


「さっき、通路が広くなってた所があっただろう……そこならあの玉をやり過ごせる!急いでそこまで走るんだ!」


 蓮は、走り続けながら、後ろのシュバルツに向かって叫んだ。


「わ、わかった!」


 サヴァランは一足先に、通路の窪みに逃げ込む事に成功して、通路から手招きする。


 蓮とシュバルツはサヴァランのいる場所に向かって猛ダッシュする。


 後ろから、巨大な玉がどんどん近付いてきた。



——ゴロロン、ゴロロン



 間一髪、蓮とシュバルツは窪みに手を掛け、腕の力で自らの身体を窪みに押し込む。

 玉は蓮達のすぐ横を通り過ぎて行った。



「はあ……はあ……」

「し……死ぬかと……」



 蓮とシュバルツは荒い息で、床にへたり込む。


「うーん、あれは予想外でしたね」


 相変わらず冷静なサヴァラン。


「も……もう少し……早めに……教えてくださいサヴァランさんっ」


 息を切らせながら懇願する蓮。



「なあ、レン……あれ、なんだと思う?」

 シュバルツが指を指す。


「なんだよ唐突に……」

 蓮は指で指された方を向く。


 壁に丸いオーブが三つ、嵌め込まれていた。

 

 オーブはそれぞれ、緋、蒼、碧の色に光っている。


「サヴァランさん、あれ何でしょうか」

 サヴァランに聞く蓮。


罠感知トラップセンシングは感知していません。トラップではない様です。恐らく、このオーブは出口の扉に嵌めるのでしょう。持って行きましょう」



「よーし、このオーブでこのフロアをクリアするぜ」


 シュバルツはオーブに近づき、壁から緋のオーブを取り出す。



 続いてサヴァランも蒼のオーブを取り出した。


 そして、蓮がオーブに手を触れようとした時だった。


「待って下さい!」

 サヴァランの声に、慌てて手を止める蓮。


「やっぱり……罠?」


「ええ、二つ目のオーブを取り出したら、罠感知トラップセンシングが発動しました。どうやら、このオーブを三つ取り出すと発動する罠の様です。オーブは、二つで充分です。一つ残して行きましょう」


「り、了解です……」



 常に気が休まらない蓮だった。

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